福島県いわき市のイチゴ農家、木田増蔵氏(39歳)は消費者に「安心して食べられるイチゴ」を提供しようと、有機栽培に取り組んできた。牡蠣の貝殻など数十種類の有機肥料を使った土作りに徹底的にこだわり、糖度17度という甘さが自慢だ。「木田家のイチゴ」のファンは全国に広がったが、昨年の原発事故で自宅に併設した直売所を訪れる客は激減。そんな非常時でも、新たな出会いがあった。
「震災後しばらくは生活用水の確保すらできない状況でしたから、ハウスで使っていた地下水を近隣の被災者に提供したのです。やがて、水を求めて来た見ず知らずの人とも交流が始まり、今では彼らが直売所に寄ってイチゴを買ってくれるようになりました」(木田氏)
被災者に水を提供したことがきっかけで木田家のイチゴのファンが増えた。それが同氏の意欲を高め、さらに地域の農業の再興へとつながる好循環となった。こんな出来事があったのだ。
「空いていた農地に新たにトウモロコシを植えたら、青々と伸びました。それを見て、震災後元気をなくしていた90歳の近所の老農夫が、最近畑を耕し始めたのです」(同)
木田氏は地域の農家で一番若手だという。彼のイチゴへのこだわりと畑への熱意が、周囲に伝播し始めている。
※SAPIO2012年4月4日号