消費税増税法案に前のめりの野田政権は、官僚の言いなりに消費税を10%にアップする一方、社会保障と税の一体改革と称した「年金カット」に手を染めた。
3月14日に政府が明らかにした「公的年金制度の財政基盤・最低保障機能の強化のための国民年金法等改正案(以下、改正案)」では、年金を含む年収が850万円(所得550万円)以上の人の基礎年金を所得に応じて減らし、年収1300万円(同950万円)以上は半額カットするとしている。厚労省の推計では、いまの受給者に年金カットする場合、減額対象となるのは24万3000人で受給者の0.9%、基礎年金が半額となるのは8万1000人で同0.3%だという。
これをもって年金官僚たちは、「年金カットするのは、年金と別に収入も得ているごく一部の富裕層だけで、国民の大半には関係ありませんよ」と言い張る。社会保障審議会の年金部会では、厚労省の年金課長が、「(年金カットによって)世代間の公平に加えて、高齢者世代内でも再分配、公平を図る」と説明している。
しかし、実はここにこそ、年金官僚が仕掛けた罠が隠されている。
信州大学経済学部の真壁昭夫教授は、見破った。
「年収850万円、所得550万円以上の高額所得者が減額対象者とされているが、これは将来、経済状況が変化してインフレになれば、対象がどんどん拡がるシステムです。貨幣価値が下がって給料の金額が上がることで、国民が次から次へと“高所得者”に組み込まれ、基礎年金を減らされることになります」
自分のような庶民には関係ないと思っていたら大間違い。改正案には年収の解釈に物価変動を加味するとはどこにも書かれておらず、単純に「金額」だけで線引きされているから、今の40代、30代が受給世代になる頃には、ほとんどの国民が“高所得者”にされているかもしれない。
しかもこの改正案には、もう一つ罠がある。社会保険労務士の蒲島竜也氏が指摘する。
「ここでいう収入には、年金と給与だけではなく、株式配当などのインカムゲインや、株価上昇によるキャピタルゲインなど、資産運用による所得も含まれます。隠居して蓄えで暮らすリタイア層も逃がさない仕組みだ。将来インフレに転じたら、当然、これらの収入もうんと上がるから、高所得者の仲間入りをする国民は、ますます激増することになる」
では、もしインフレになれば、どれほどの数の人々が、所得550万円以上の“高所得者層”の仲間入りすることになるのか。
厚労省は名目利回りが4.1%で年金財政を推計しているので、それに基づけば、現在50歳の世代が年金を受給する15年後には、現在価値で所得約300万円の人が名目所得550万円になり、受給カットの対象になる。40歳の世代が受給する25年後には、現在価値で約200万円の所得があれば受給カットの対象になり、所得約350万円で国庫負担分(3万2000円)が全額カットされる。
これが“高額所得者”でないことは誰の目にも明らかだろう。
※週刊ポスト2012年4月13日号