福島第一原発から北へ約35km離れた国道6号線沿いにある「みそ漬処 香の蔵」 (南相馬市鹿島区)。昭和15年に開業した老舗の漬物店で、蔵のごとくそびえ立つ店舗にはみそ漬、しょうゆ漬、キムチなど多彩な漬物が並ぶ。
2000年から販売を始めたとうふのみそ漬が人気で、全国に通信販売も行い、震災前の同店の売り上げは年間約1億1000万円に達した。しかし、震災後は存続の危機に。店長の岩井哲也さん(41才)が振り返る。
「事故直後は妻と子供と新潟県に避難し、営業を再開したのは4月4日です。当日は午前中のお客さんが2組。こんなんでやっていけるのか、と不安になる日が続きました」
6月ごろには、避難所から戻ってくる地元住民が増え、売り上げが一時的に回復したが、その後は再び減少。大きな原因は、贈答用に漬物を買う人が著しく減ったことだった。
「お客さまから注文の電話をいただいて、その数分後に『やっぱり福島県産はいりません』といわれたことがたびたびありました。他県のかたで、近所に配るために買ったものの、『福島県のものなんていりません』と受け取ってもらえず、返品したいというケースも。仕方がないので返品には応じていますが…」(岩井さん)
同店では、営業を再開した4月から定期的に放射線量検査を実施。きゅうりなどの原材料のほか、本社工場で使う水道水や井戸水などの放射線量も測定。さらに、完成した商品も測定する“三重チェック”をして、すべて『不検出』という結果が出ている。しかし、どれだけ“シロ”であっても露骨に忌避される現実がある。
「商品のキャンセルはこれまで100件以上に達し、売り上げは例年の2割減です」(岩井さん)
そんな状況でも前を向いて進めるのは、営業再開後、メールや手紙で「風評被害、大変でしょうが復興に向け、お互い頑張りましょう」などと温かい声が寄せられてきたからだ。岩井さんが笑顔でいう。
「この店の漬物が福島の名物になるまで負けないと腹を決めたんです。それもすべて風評被害のおかげ(苦笑)。つらい思いがあるから、何くそと奮い立つ。うちの商品が福島名物になって、これまで『いりません』と拒んでいた人たちに『売ってください』と頼まれるようになりたい」
3月中旬に被災地の商店が東京・品川で5坪の空き店舗に出店する「ざくろ坂プロジェクト」に参加すると、完売品が出る盛況ぶりだった。6月下旬には福島駅ビルにテナントを出店する予定だ。
「『自分たちは被害者だ』と下を向いて待っていても先には進めません。今後はもっと自分からアピールしていこうと思います」(岩井さん)
※女性セブン2012年4月12号