橋下徹・大阪市長は君が代起立に続きさらなる教育改革を打ち出した。卒業式シーズンが一段落した3月23日、橋下氏率いる大阪維新の会は公約に掲げた「府立高の学区撤廃条例」を成立させた。
学区撤廃は高校だけの問題ではない。「高校を受験する中学生」にも大いに関係してくる。大手進学塾の担当者はこう話す。
「学区撤廃と合わせて、橋下さんは府下の公立全中学で学力テストを実施し、成績を公開するように求めた。
それに伴って進路指導の方法も変えようとしている。今までは学内の成績で生徒を『相対評価』して内申書をつけ、学区内の高校を勧める方法でしたが、それを生徒個人がどれだけ成績を上げたかを見極める『絶対評価』に変え、府内全域の公立高校から適切な学校を選ばせる。これは教師にとって負担増になりますから、多くの中学教師が学区撤廃に反対しているのです」
背景には、大阪の義務教育“危機的状況”がある。
文科省の「全国学力・学習状況調査」では、実施開始の2007年以降、実施された過去4回すべてで大阪の中学3年生は45位だった。
大阪周辺には灘(兵庫)や東大寺学園(奈良)など私立の中高一貫校がひしめきあう。進学意識の高い生徒は、そうした私学に流れ、その他の子供たちは競争することなく、学区の高校へ入学する構図ができている。
橋下ブレーンの一人は、「学区制の撤廃により、高校だけでなく中学も含めた学力崩壊を根本から変えることができる」と力説するが、なぜ教師たちは反対するのか。
すでに「格差の助長」や「経済的に困難な家庭のため」という理由は紹介したが、「本音は別のところにある」(前出のブレーン)と見られている。
一言でいえば、自分たちの「恵まれた労働環境」を変えたくないからだ。
「子供たちの受験戦争が過熱する」、「子供たちの格差を助長する」――こうした反論の「子供」を「教師」に置き換えると、学区制に守られた“教師天国”の実態が垣間見えてくる。
40代の府立高教師が本音を明かす。
「今のままなら生徒の受験対策や成績向上のために教材研究をしなくてもいいし、予習復習もいらないから、授業を工夫する必要もない。たまにやる教師同士の勉強会の実情は、若い教師を組合に勧誘する会になっています」
一回り若い世代の教師も感覚はほとんど変わらない。
「公立は進学校でも底辺校でも給料は同じ。それやったら、底辺校で不良生徒をド突き回していた方が楽やと思う先生が多い。それはそれで大変やけど(苦笑)、少なくとも受験指導で寝る間もない私立高教師の友人を見ると、ホンマに公立でよかったと思う」
そして最大の理由はこの点にある。府立高の副校長がこう語る。
「格差が広がった結果、定員割れが続く学校を橋下さんは潰していく。そうなれば教師余りが起き、職場を失うことになる。それを一番恐れているのです。
公立校の教師は今のままなら、相当な不祥事でも起こさない限りはクビにならない。平均年収800万~900万円と恵まれているので、夫婦で教師という家庭なら外車を乗り回したり、春、夏、冬の休暇は海外旅行に出かけたりする。
それが私立と競争し、教師が厳しく査定されるようになれば、そんな生活はしていられない。優雅だった労働条件を守りたいというのが本音でしょう」
「子供の学力向上」と「既得権にしがみつく教師の淘汰」を同時に狙う、橋下市長の「破壊的改革」の成否やいかに――。
※週刊ポスト2012年4月13日号