中国人の旺盛な食欲がマグロやワインに向かっていると言われたのはほんの数年前。それ以降も年々膨張し続ける13億人の欲望は、日本人にとって身近な食材や原料にさらに及んできている。そこではいま、何が起きているのか、中国事情に詳しい評論家の宮崎正弘氏がレポートする。
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週末の北京の繁華街。多くの客で賑わう店内には、肉を焼く煙が立ち込めている。店員の活気に満ちた声が飛び交う中、皿に盛られた牛肉が次々と運ばれてゆく……。
近年、中国の都市部を中心に、こうした「焼き肉レストラン」が増えている。特に中国の若者や駐在外国人に好評で、店にはそれぞれ日式、韓式、ブラジル式などのスタイルがあり、繁盛している店の多くは日式や韓式だという。
客のほとんどが注文する人気メニューは「五花肉」――日本で言う「カルビ」である。ほかにも「牛舌」(牛タン)や「菲力」(ロース)など、日本でおなじみのメニューが好まれている。この店を訪れた中国在住の日本人ビジネスマンによると、カルビには脂がしっかり乗っており、味もなかなかだという。
2人でビールやマッコリを飲みながらお腹いっぱい食べて、合計400元(5000円程度)。一般的な中国人にとっては決して安くはないが、それでも焼き肉店は多くの中国人で賑わっている。
これまで、中国で肉と言えば豚肉であり、牛肉は鶏肉や羊肉より下に位置付けられていた。それには理由がある。中国で肉牛生産が始まったのは最近(1990年代以降)のこと。しかも、肥育される牛の大半は肉食向きではない交雑種で、肉質が悪く、硬くて美味しくないからだ。中国国家統計局の集計によると、2009年段階で1人当たりの年間食肉消費量は豚肉20.5kg、鶏肉10.47kgに対して、牛肉は2.38kgと依然として少ない。
ところが最近、中国の肉食文化に変化が見え始めた。日本のように多くの種類の肉をロースターや炭火で焼いて食すスタイルが広く認知され、焼き肉レストランは連日ほぼ満席だという。北京には、日本の有名店の名前をもじった「叙上苑」という店があるほか、大都市を中心にチェーン展開している焼き肉店もある。中国で一般的だった「硬くてまずい牛肉」のイメージは、「脂の乗ったカルビ」によって覆されつつあるのだ。
※SAPIO2012年4月25日号