センバツ準優勝校の光星学院のレギュラーは、エースの金沢以外は他府県からのいわゆる「野球留学生」だ。野球留学について「容認派」「否定派」とあるが、「高校野球=郷里の代表」というイメージから、否定派の声が強い。だが、ノンフィクションライターの神田憲行氏は、高校野球取材20年の経験から、野球留学ではマイナスの部分より、プラスの部分を多く見てきたという。以下は、神田氏の解説だ。
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今年のセンバツは大阪桐蔭の優勝で終わり、昨夏に続く青森代表・光星学院の優勝旗への挑戦は、あと一歩で涙を呑むことになった。
……と書くと、「決勝は大阪代表同士やんけ」と揶揄される向きもあろう。なにしろ光星学院のレギュラーのうち地元中学出身はエースの金沢のみで、他はみな他府県からの、いわゆる「野球留学生」だ。とくに主将で捕手の3番田村、4番北條は大阪出身である。「大阪第二代表」という口の悪いファンがいうことも、一面、的を得ている。
野球留学について「容認派」「否定派」とあるが、「高校野球=郷里の代表」というイメージから、否定派の声が強いように思う。だが私は、半分本気、半分冗談で「野球留学積極推進派」と名乗っている。というのも高校野球取材20年の経験から、野球留学でマイナスの部分より、プラスの部分を多く見てきたからだ。
留学に反対する人たちは「地元の子を押しのけて」という。だが留学組だってちゃんと住み、学校に通って、青春の3年間をその土地に預けている「地元の子」である。さらに忘れられていることだが、留学したからといってレギュラーとかベンチ入りが約束されているわけではない。スタートラインはあくまで地元中学出身者と同じだ。
私が取材で出会った野球留学選手のうち多くは、留学した地方を第二の故郷と呼んだ。休みの日に地元出身の家に招かれて遊びにいき、見慣れない食べ物をおっかなびっくり口に運ぶうち「美味しい」と感じるようになり、最初は目を丸くした豪雪など地方の光景を、卒業後に懐かしく思うようになる。
東北地方の学校で監督をしていた友人は、関東遠征のたびにわざと宿舎を手配せず、関東からの野球留学生の自宅に東北の地元選手を一緒に連れて帰らせていた(もちろん食費などは学校が負担して渡していた)。するとどうなるかというと、オカンが張り切る(笑)。なにしろ15歳で自分の手を離れた子どもが「凱旋」してくるのである、しかも友達を連れて。
「息子がいきなり三倍になった気分。あの子たち、どれくらい食べるのかしら」
そして脱いだ服をとっちらかったままにしていた息子が、丁寧に畳む姿を見て、成長を感じるのである。
とある年の甲子園、全国優勝したのは公立高校だった。試合後の宿舎取材で、私が「野球留学の私立ではなくて、地元選手ばかりの公立高校が優勝する意義」という趣旨の質問を振ると、監督は色をなして私に言った。
「別に野球留学が悪いわけじゃない。彼らは15歳で親元を離れて野球を頑張っているんです。偉いじゃないか」
公立高校の監督にも、こういう意見があることを知ってほしい。