1912年に起きた英豪華客船タイタニック号の沈没事故から100年がたつ。さまざまな催しが行われるなか3月31日、沈没前日の一等船客用ランチメニューがイギリスで競売に掛けられ、7万6000ポンド(約1千万円)で落札された。世界一の豪華客船ではどんな料理がお客に供されていたのか。食事情に詳しいライター・編集者の松浦達也氏が解説する。
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当時のタイタニックの一等特別室の料金は4350ドルと言われている。単純換算はできないものの、現在の価値に換算すると数百万円にもなる。たった6日間の船旅に、それだけ割くからには当然食事は贅を尽くしたメニューになる。
先日落札されたメニューにあった品書きは次の通り。最初にまずスープが登場する。この日のランチでは「CONSOMME FERMIER(コンソメ・フェルミエ)」か「COCKIE LEEKIE(クッキー・リーキー)」。
この「fermier」という言葉は「農場風」「手作り」という意味で使われる。ここでは「素朴な」というような意味か。後者は鳥と香味野菜を煮込んだスープで、スコットランドの伝統的な一皿だ。
そしてFILLETS OF BRILL(ブリルというヒラメ科の大型魚の切り身)。タイタニックのメニューにはあまり調理法は記されていないが、この魚はバターなどでソテーしてソースをかけることが多いという。
EGG A L’ARGENTEUILはスクランブルエッグにアスパラガスを添えたもの。それにCORNED BEEF(コンビーフの原型となった塩漬け肉)、VEGETABLES(野菜)、そしてDUMPLINGSという、パスタのようなつけ合わせがつく。ふぅ。正直、現代人ならここまでで十分かもしれない。
だが、タイタニックではランチだというのに、これはまだ序の口。ここから「FROM THE GRILL.」が饗される。もうわかりにくいので、この先はカタカナで表記させていただく。マトンチョップのグリル、マッシュ/フライド/ベークドポテト、カスタードプリン、リンゴのメレンゲパイにペストリー。成人の一食分の摂取カロリーは確実に超えている。
さらに、タイタニックの大盤振る舞いは続く。上記以外にビュッフェメニューがあり、サーモンマヨネーズ、小エビのバターソテー、ニシンのノルウェーアンチョビソース、オイルサーディンのスモーク、ローストビーフ、仔牛とハムのパイ、ハム、ボロニアソーセージ、鳥のガランディーヌ(鶏から骨や内蔵を抜き、詰め物をして火を入れたもの)、牛タンの塩漬け、レタス、ビート、トマトなどがずらり。
さらに別枠でチェダーやエダム、ゴルゴンゾーラ、ロックフォールなど8種類のチーズが饗されるとあっては、いくつ胃袋があっても足りる気がしない。牛じゃあるまいし。
そして冒頭にも紹介したが、これはランチだ。タイタニックの豪華食事を紹介したノンフィクション『タイタニックの最後の晩餐』(アーチボルト&マッコリー、国書刊行会)によると、ディナーとなるとさらに多い全11皿が卓にのぼる。
1.オードブル盛り合わせ→2.大麦のクリームスープ→3.鮭のムース リーヌソース→4.フィレミニョン リリ風(牛フィレ肉のソテーの上にフォアグラとトリュフ+バター入りワインソース)→5.仔羊のミントソース →6.パンチかシャーベット→7.雛鳩のロースト、クレソン添え→ 8.アスパラガスのサラダ→9.骨つき七面鳥→10.チョコレートエクレア→11.チーズと果物。
……。ところで、同書内に児童文学作家、ノエル・ストレトフィールドの言葉が引用されている。
「胃袋が小さくなってしまったのだ。50年前には当然のように食べ尽くされていた食事を、今では食べてしまえるものはだれ一人いないのだ。」(1956年)
いやちょっと待ってほしい。何年前だろうと、タイタニックで出されていたディナーは、「当然のように食べ尽くされていた食事」なのだろうか……。どう考えても、一日の摂取カロリーすらも軽くオーバーしてしまいそうなのだが。