今年、中国の次期最高指導者になることが確実視されている習近平氏だが、重慶市トップの薄熙来・党委書記が3月15日に突如解任されるなど、水面下では激しい権力闘争が繰り広げられている。こうした難局を習氏はどう乗り切ろうとしているのか、中国問題に詳しいジャーナリストの相馬勝氏が解説する。
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あまり知られていないが、習氏は2年前、次期最高指導者としての地位が危うくなり、うまく切り抜けた前例がある。
2010年秋の党中央委員会総会の開催中に、内陸部の四川省を中心に、学生らが暴徒化し激しい反日デモが起きた。その裏で糸を引いていたのが習氏だという情報がある。
当時の党中央委総会では開催前、習氏の党中央軍事委員会副主席就任という重要人事が協議、採択されるという情報が飛び交っていた。この役職は次期最高指導者に内定したことを示す最重要ポストである。
しかし、党中央委総会が同年10月14日に開幕したあと、北京では「習氏の軍事委副主席人事は先送り」との情報がしきりに流れた。これと符合するように、10月16日から四川省成都市などを中心に学生らによる暴動に近い反日デモが繰り広げられたのだ。そして、党中央委総会最終日の18日、新華社通信が至急電で「習近平国家副主席が党中央軍事委副主席に選出された」と伝えた。
この報道を待っていたかのように、激しい反日デモはぴたりと止んでしまったのである。これは江沢民・前国家主席らの上海閥や軍部、さらに習氏も属する太子党(幹部子弟グループ)が危機感を募らせ、一致団結して、胡錦濤主席ら中国共産主義青年団(共青団)閥への反撃に出た結果とみることができる。
今回も、追いつめられた習氏が「反日カード」を使う可能性は十分にある。新華社電は3月31日、中国の国家図書館と上海交通大学が同日、東京裁判の判決内容などを総合的に研究する「東京裁判研究センター」設置に向けた合意書に調印したと伝えたのだ。
中国における反日的な愛国主義運動が江氏の国家主席時代に始まったことは周知の事実であり、江氏自身は筋金入りの反日派と知られる。上海交通大学は江氏の母校であり、そこに東京裁判研究センターが設置された裏には、江氏の影が見え隠れしている。習氏と江氏は同じ上海閥として太いパイプを持っている。同センターの設置には、習氏の意向も働いていることはまず間違いない。
在京の外交筋が明らかにしたところでは、これを裏付けるように、4月に来日する予定だった李克強、王岐山の両副首相の計画がキャンセルになった。この相次ぐ訪日中止は胡主席が直接指示しており、「対日関係は秋の党大会に向けて、権力闘争の火種になる」との判断によるものだという。
胡主席自身も今年2月、日中友好7団体との会見を突然中止している。表向きは沖縄県・尖閣諸島周辺を含む無人島への命名に対する不快感表明だが、「実際は、この時期に日本と親密な関係を示せば、反日の急先鋒である江氏に批判される可能性があるからだ」(同筋)との胡主席の読みがあるという。
※週刊ポスト2012年4月20日号