【書評】『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(菅義偉/文藝春秋/1365円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
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各局のテレビカメラを前に憤慨する著者の表情が、とても印象に残っている。5年前、事務所経費問題が永田町を席巻していた時のことだ。家賃のかからない議員会館を事務所として登録し、領収書のない多額の費用を不正計上していた問題で、複数名の議員が追及されていた。騒動が一段落したところで、突如、当時総務大臣だった著者にも同様の“疑惑”があるとの報道がなされた(じつに安倍晋三内閣の改造人事直前のことだった)。
急遽、開かれた記者会見で著者は、事務所経費の領収書をすべて公開し、身の潔白を証明してみせた。しかし洪水のような報道の前に、その声はかき消され、それまで確実視されていた改造内閣での官房長官への登用は見送られた。絶妙のタイミングで“ガセ情報”が流され、人事が潰される。典型的な権謀術数が弄されたわけだが、なぜ、その洗礼を受けねばならなかったのか。
本書を読んで、疑問が氷解した。もしこの人が、内閣の要である官房長官に座れば、それこそ霞が関の官僚たちは省益を失い、天下り利権を失い、国益のためにヘトヘトになるまで働かされただろうからだ。
「自分を育ててくれ、親が生活しているふるさとに、なんらかの形で恩返ししたい」との思いから、誰もが恐れた財務省の“聖域”に切り込み、税の概念に“一大変革”をもたらした。「警察、消防、ごみ処理などの行政サービスを受ける」ため、国が定めた住民税を、個々人の選択で「貢献または応援したい」ふるさとにその一部を納めることができる「ふるさと納税」を創設したのである。
また返す刀で、大都市と地方の税収格差をも是正。東京に本社を置く企業の「法人二税を地方に分配する方法」を生み出すなど、剛腕ぶりを見せつけた。
高校卒業後、集団就職で上京し、社会の厳しい現実を肌身で知った人だけに地方と弱者への視線はブレない。そんな政治家の肉声が詰まっている。
※週刊ポスト2012年4月20日号