資産運用や人生設計についての多数の著書を持つ作家・橘玲氏が、世界経済の見えない構造的問題を読み解くマネーポストの好評連載「セカイの仕組み」。株価の動きを説明する原理について橘氏はこう解説している。
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【Q】トヨタの株価が1か月間で6パーセント上昇したとする。次の選択肢からもっとも適切と思われる説明を選べ。
【1】ユーロ危機も落ち着きを見せ、アメリカの景気も回復基調にあることから、投資家の間で業績回復の期待が高まった。アナリストの投資判断も強気が大半で、株価は今後も堅調に推移するだろう。
【2】同じ期間にTOPIXが4パーセント上昇しており、トヨタ株のベータ値(感応度)は1.5なので、株価上昇率6パーセント(4×1.5)は理論どおりである。
【3】トヨタの株価がアメリカの景気の影響を受け、TOPIXとも相関性があるとしても、過去の統計から将来は予測できない。
最初に種明かしをしてしまうと、これは株式市場における代表的な説明原理を並べたものだ。【1】はもっともポピュラーな「因果論」的説明、【2】はモダン・ポートフォリオ理論に基づく「確率論」的説明、【3】は最新流行の「複雑系」の説明だ。
因果論では、すべてのものごとに原因と結果があると考える。太陽が東から昇って西に沈むのは地球が自転しているからだし、彼女が怒って口をきいてくれないのはデートの約束をすっぽかしたからだ。当然、株価の上昇や下落にも、それに対応した単純明快な原因があるはずだ、ということになる。
ところで、因果論はなぜ人気があるのだろうか。近年の脳科学や生物学は、この謎を科学的に解明することを可能にした。といっても、これはぜんぜん難しい話ではない。
プラナリアはウズムシとも呼ばれる扁形動物で、神経や消化管はあるが骨や血管はなく、脳を持つもっとも原子的な生物だ(日本の川にも生息している)。このプラナリアを透明なプラスチックチューブに入れ、電気スタンドのライトを点けた2秒後にチューブの両端に電気を通す。この実験を50回ほど繰り返すと、やがてプラナリアは明かりがつくだけで、電気ショックを予想して身体を丸めるようになる。すなわち、プラナリアは学習するのだ。
ところでこのとき、プラナリアはなにを学習したのだろうか。いうまでもなく、「明るくなる」→「電気ショックがくる」という因果関係だ。こうした条件付けはパブロフの犬が有名だが、イヌやネズミ、ハトばかりか無脊椎の“下等”生物であるウズムシまでもがちゃんと因果関係を理解(?)している。これは長い進化の過程で、因果論的な行動原理が子孫を残すのに有利だったからだ。
私たちが常にものごとを因果論で考えるのは、それが正しいからではなく、脳(というか神経系)が世界を因果論的に解釈するようにできているからだ。そしてこれは、人間だけでなく、生物そのものの基本原理なのだ。
(連載「セカイの仕組み」より抜粋)
※マネーポスト2012年春号