中国「何でも欲しい病」の象徴の一つが、労働者の賃上げだ。かつて“安い労働力”の代名詞だった中国人労働者は、このままいけばアメリカ国内の労働者の賃金をも上回るという。もしそれが現実になったら、どうなるのか? 大前研一氏が「何でも欲しい病」の末期を予測する。
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これから企業は遅かれ早かれ中国を見限って、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマーなどのASEAN諸国、あるいはバングラデシュなどに逃げ出すだろう。そうなると中国は、自分たちの権力維持に汲々として進出企業のことを一顧だにしない“自己チュー”の政府がある限り、国際競争力を急速に失うことになる。
中国国内には、それでもかまわない、輸出ができなくなっても消費大国になり内需拡大で経済成長していくから大丈夫だ、という意見もある。だが、私はそうは思わない。
そもそも、中国をはじめとする新興国の賃金が月5万円を超え、かつての日本のように30万円まで一本調子で上がっていくかといえば、甚だ疑問である。なぜなら、そこから先はイノベーションとクリエイティビティ(創造)が不可欠だからだ。
創意工夫を凝らして付加価値が高い物や他の国が真似できない物を作れないと、なかなか30万円にはいかないのだ。高度成長期の日本は、そうしたイノベーションを次々とやっていたが、今の中国はまだその段階にない。今後、中国がかつての日本と同じ軌道を歩むには、その「経営力」の差を埋めなくてはならない。
また、もし将来、新興国の賃金も10万円、20万円と上がっていったとすると、それに伴い、すべての物の価格が世界中で上昇していくことになる。そうすると購買力が減少し、需要の創出そのものがスローダウンしてしまう。
したがって、おそらく新興国の大半は、これまでのメキシコのように上がっては下がり、上がっては下がりの乱高下する経済、ブームとバーストを繰り返す経済になっていき、賃金は5万円くらいで頭打ちとなる可能性が高い。そういう状態が向こう20年ほど続くのではないかと思う。
もちろん新興国から先進国になった例はある。しかし、それらの国と地域は、いずれも小さく、巨大な中国やインドやブラジルが今後もスムーズに成長して先進国になる、という絵は、少なくとも私には描けないのだ。
※SAPIO2012年4月25日号