ユーロ危機に乗じて、金満・中国による欧州の買収攻勢に拍車がかかっている。買収対象は、レストランなどの店舗から不動産、地場産業、インフラに至るまで多岐に及ぶ。中国マネーに対する期待と不安が入り交じる欧州各国の現状を、スペイン・バルセロナ在住のジャーナリスト、宮下洋一氏がレポートする。
* * *
1か月ほど前のことだ。自宅近くの「パノリャス」というカタルーニャ料理店で、寒さをしのぐために魚介スープを頼んだ。テーブルに運ばれてきたスープをさっそく口に入れると、「あれっ、味が違う」。液体の表面に浮かんでいる油をじっくり眺め、臭いを確かめる。「ゴマ油じゃないか、これは!」
ここ数年、経済危機に喘ぐバルセロナの多くのレストランが、中国人によって次から次へと買収されている。店の看板はそのままなので、見た目には分からないが、料理の味が微妙だが確実に変化しているのだ。
レストランだけではない。彼らの買収攻勢は、ありとあらゆるビジネスに及んでいる。私の家の近くの八百屋や雑貨店も中国人経営にとって代わられてしまった。
同じバルセロナ在住のマール・アロジョさん(29歳)は自嘲気味にこう語る。
「食事は中国人経営のバル、生活必需品は1ユーロ均一の中国雑貨店、床屋は中国人パーラー、爪は中国人のネイルサロンに行くのが、ここ最近の私のライフスタイル」
失業率が23%を超え、特に若年層失業率が50%近くに達しているスペインで、若者たちが行き着く先は“チノ・バラト(安い中国)”。選択肢は、そこしかないのである。
バッグ専門店を祖父の代から受け継いできたダニ・タラゴナさん(32歳)は、昨年、中国人に店を買収され、私にこう不満をぶちまけた。
「代々続いてきた店が潰れたのは、チノ・バラトに客が流れてしまったからさ。中国人のせいで、仕事がなくなっちまったんだよ。しかも中国人に店を買収されちまうなんて……。今の給料は以前の半分以下なんだ」
中国化の波がひたひたと押し寄せているスペインの現状を見ると、近い将来、同国の伝統であるフラメンコ、闘牛、サッカーといったものまで、中国資本に買収されてしまうのではないか、と想像してしまう。
すでに隣国フランスでは、同国の文化の象徴のひとつであるボルドーのワイナリーが、続々と中国人投資家によって買収されている。その数は2008年以降、15か所に上っている。昨年11月、中国人気女優のヴィッキー・チャオ夫妻が400万ユーロ(約4億3500万円、以下金額はすべて当時のレート)でシャトー・モンロを購入、話題を集めた。
金にモノを言わせた中国資本の買収攻勢に、ボルドーの人たちは危機感を募らせている。地元の不動産業者は私の取材に不安を隠せない様子で、こう語った。
「ワインにはワイナリーごとに厳然とした格付けや階級がある。だからワイナリーを買収する際には、誰でも地元の専門家や弁護士を雇って、どのクラスのものをいくらで購入するかを、慎重に吟味する。しかし中国人はそんなことはどうでもいいようだ。ただボルドーワインというブランドがほしいだけ。こんな調子ではフランスのワインの文化が守られるのか心配だ」
今年1月の中国商務省の発表によると、昨年の中国から海外への直接投資額は前年比1.8%増の600億7000万ドルと横ばいだが、欧州連合(EU)への投資は94.1%増の42億7800万ドルとほぼ倍増している。昨今の欧州債務危機を背景にしたユーロ安を受け、中国が火事場泥棒的に欧州進出を加速させていることが数字からも明らかだ。
※SAPIO2012年4月25日号