【書評】『飯舘村は負けない 土と人の未来のために』(千葉悦子、松野光伸/岩波新書/840円)
【評者】池内 紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
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NPO法人「日本で最も美しい村」連合には、霞ヶ関の音頭とりによる市町村合併にのらず、自立を選んだ町村が加盟している。自然と人との営みが、長い年月をかけてつくり上げた景観と文化を守っていく。そんな「志」をもった誇り高い自治体が全国で約四〇ばかり。
その中でも福島県の飯舘村は、よきリーダーと住民が議論を深め、アイディアを出し、「協働」の村づくりをしてきた。土地の言葉「までい」は「手間ひまを惜しまず」「心を込めて」の意味で、「までいな村づくり」は全国の自治体の手本になっていた。
福島第一原発事故が、すべてを無に帰した。四〇キロ離れた村に強い放射能が降りそそぎ全村避難指示が出た。以来一年余り。長らく村の動向に注目して、学生とともに地域づくりに加わっていた福島大学の学者二人が、貴重な報告をまとめた。苛酷な事態に対して、村がどう対処したか。六千余の住民の避難生活、健康、住民と職員、帰村をめぐってのこと、さらに復興に向けての取り組み。
しるしをつけながら読むと、この国の姿がよくわかる。一方は国・政府・官庁関係。他方は、村からの提案、働きかけ、プランづくり。村が必死に知恵をしぼり、復興計画をまとめ、具体的に働きかけているのに、国はさっぱり動かない。
それどころか野田首相は、はやばやと昨年十二月に第一原発の「収束宣言」をした。冷温停止状態のステップ2が達成の見込みというだけのことに「収束」の用語をあてたのは、「終息」のムードづくりを狙ってのことではないのか。いかにも以後はひたすら消費増税法案にあけくれている。
村とかかわってきた学者たちは、理不尽にも流民を強いられた人々を断腸の思いで見守ってきたのだろう。くやしさ、苦しみへの共感のなかで、みずからの考えは抑え、住民の声をより正確に伝えることを第一にした。厳しい状況のなかで実態から目をそむけない。悪戦苦闘する人々への敬意と共鳴が、冷静で品位ある、まさしくまでいなレポートを生み出した。
※週刊ポスト2012年4月27日号