東日本大震災により、死者・行方不明者約600人、全半壊した家屋約4500戸という壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市。震災から1年が経った同市を、『女性セブン』の名物記者・オバ記者(55才)が訪れた。
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宮古市でも海から近い地域は被害も大きく、オバたちが泊まった『ホテル海幸園』は、まだ完全には観光客を受け入れていない。周りの住宅はすべて津波で流されホテルだけがポツンと残ったと社長の千束諭さん。
「1階の食堂やフロント、厨房には他の家から家具などが流れてきて手がつけられない状態で、バスも車もバイクも船も流されました。もう廃業するしかないと観念したとき、市の職員から“宿泊施設がなくてがれきの処理作業が進まない”と聞かされたんです」
作業員が宿泊していた盛岡市から宮古市は車で2時間以上かかる。それを聞いて元の従業員を呼び寄せ10日かけて1階の泥をかき出し4月20日にホテルを再開した。
「いまも作業員だけで連日、満室です。観光客を受け入れるまでにはまだまだ、時間がかかるでしょう」(千束さん)
震災前のように遊覧船が浄土ヶ浜を巡り始めたと聞いて翌朝、オバ一行は海に出た。太平洋の波が白く砕ける海岸段丘、高さ40mの棒状のローソク岩など、絶景が次々に現れる。
ウミネコが空中キャッチするパン投げのサービスも震災前と同じだ。ガイドの金澤明美さんは「3艘のうち1艘だけが沖に逃れて無事でした。船が残って本当によかった。乗ってくださったかたには観光案内と津波の被害の現状の説明をしています。“宮古は元気になってきている”と、全国に伝えたいですね」。
関東地方から、復興支援ツアーで訪れる人が日を追って増えて、4月28日から、毎日5便の運航に戻す予定だ。
※女性セブン2012年5月3日号