「延命治療」のひとつとして、近年、人工呼吸器とともに議論の俎上に上がっている「胃ろう」。自力でものを食べる、飲み下す(嚥下する)ことが困難な患者の腹部に1cm未満の“穴”=ろう孔を開け、そこに胃ろうカテーテルという器具を挿入して直接、栄養剤を注入する方法を指す。
認知症患者の訪問診療を行っている、東京都大田区のたかせクリニックの高瀬義昌さんは、「胃ろう患者は病院で造られて、在宅にやってくる」と指摘する。
「高度な治療を必要としない高齢の患者を入院させておくことは病院経営を圧迫するので、なるべく早く退院してもらうために胃ろうにして老人施設や在宅に戻している現実があります。なかには嚥下能力がまだあるのに胃ろうになっていた患者さんもいます」
しかし、老人施設などで介護を断られる胃ろう患者のケースも多い。誤嚥性肺炎を繰り返すAさん(46才・派遣)の父親は、医師のすすめで胃ろうにした。しかし、当時入所していた老人施設から「胃ろうをしたら、この施設では看護師が少なく、トラブルがあっては困るので、受け入れられなくなります」といわれた。
毎日仕事の合間に施設を探し回ったが、「胃ろう患者はこれ以上受け入れられない」と断られるばかり。Aさんは身寄りがなく、彼女が働くしか父親を支える手立てはない。
「やっと見つけたと思ったら、自宅から2時間半かかる施設でした。しかも見学すると、高齢者をただ寝かしている一軒家。廊下やリビングにも高齢者が寝かされていて、異様な光景でした」と、Aさんは語る。
今井さんが見たのは、通称「胃ろうアパート」などと呼ばれるもので、数年前から問題になっている高齢者施設だ。こうした施設は、日本各地にいくつもある。在宅医療や胃ろう問題に詳しい医療ジャーナリスト・熊田梨恵さんはいう。
「欧米では認知症などを発症した高齢者に胃ろうを行うことについて否定的です。日本では死生観などさまざまな事情はあると思いますが、医療者の都合や、受け入れ施設が足りないという構造的な問題が大きい。そんななか、介護に疲れた家族などの気持ちにつけこんだ“胃ろうアパート”のようなグレーゾーンの商売が生まれてきてしまったのです」
『「平穏死」のすすめ』(講談社)の著書がある、特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医・石飛幸三さんは、ホームに初めて赴任したときに驚いたという。入所者100人のうち、胃ろうで寝たきりの高齢者が20人もいた。
「入所者をケアする介護士は一生懸命、ひと口でも多く食べさせようとする。しかし入所者は食べたくもないのに口に入れられるから、むせて誤嚥性肺炎になって病院に送られる。認知症の患者は何をされるのか理解できないので、パニックになる。そして、“嚥下能力がない”と判断されて胃ろうが造られるという流れです」
介護施設や病院経営の都合で、簡単に胃ろうを造っていはしないか――かつて外科医だった石飛さんは考えた。
老衰と病気は違う。老化によって嚥下機能が落ちて食べられなくなったら、それは生命が終わりに近づいているということ。食べられなくなることは、自然の摂理だと受け止めるべきではないか。
「人間は限界がきたら、自然と食べたくなくなる。それは飢えて苦しいということではないのです」(石飛さん)
いまでは利用者本人と家族に「口から食べられなくなったらどうしますか」と意思の確認をして介護の方針を決めている。入所者の多くは単なる延命措置は望まず、8割が静かにホームで最期を迎える。
※女性セブン2012年5月3日号