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笹川良一氏危篤時 記者は秘書に「まだですか?」と聞いた

 競艇による集金システムを築き上げ、“日本の首領”の汚名を背負った笹川良一と、彼を陰ながら支え、その遺志を継いだ三男・陽平に迫る週刊ポストの新連載『宿命の子』。作家の高山文彦氏が、良一氏危篤の瞬間を振り返る。

 * * *
 危篤の知らせをうけて築地の聖路加国際病院に駆けつけたとき、もう父の息はなかった。「先生、陽平さんが来ましたよ」と、病院長の日野原重明が耳元に口を近づけて大声で言ったが、死者には聞こえるはずもなかった。

 彼はベッドのわきに立って手を合わせ、いつもそうしていたように中腰になって、おだやかな父の死顔を静かに眺めた。そして、どこの家族にも見られるような、死者の手を握ったり顔を触ったりするようなこともなく、また悲しみに声を押し殺して泣くこともなく、難事業を成し遂げた者のように満足げな笑みを少しだけひろげた。

 一週間ほどまえに、父は一度、危篤状態に陥った。電話をうけてびっくりして病院に駆けつけてみると、急にもち直して意識もはっきりしてきた。秘書たちはあちこちに電話をかけて大わらわだったし、彼もちょっと慌てたが、あのときの予行演習があったから、こうして落ち着いていられるのだろうか。

 主治医は、彼が死者と対面した時刻を確かめて、死亡診断書の死亡時刻の欄に「平成7年7月18日午後9時」と書き込んだ。群馬にいる兄ふたりが到着するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。主治医と話し合って、末っ子で三男の彼が臨終の看取り人になることにしたのだ。

 死因について主治医は「急性心不全/1日間」とし、その下の欄に「悪性リンパ腫/16ヶ月」と書き込んだ。「16ヶ月」とは延べの入院期間を指しており、「悪性リンパ腫」が寿命を縮めたことを伝えていた。

 そのほかに併発していた病名として「脳腫瘍」と「肺炎」が書き込まれたが、総じていえば百歳まであと四年という高齢によって体力が弱まっており、そのために悪性リンパ腫は思いのほかひろがらず、自然に衰亡していったと言うほうがわかりやすそうだった。

 死因欄の最初に「急性心不全」とあるのは、人間最後はだれしも心臓を停止して死ぬのであって、あたりまえと言えばあたりまえの話。日野原重明病院長によると、この日の夕刻に容体が急変し、夜八時ごろに突然心臓に発作をおこしたということだ。このとき、自身も八三歳を迎えていた日野原病院長は、彼にこのように告げた。

「夕方まで意識はしっかりしていたんです。亡くなる直前もおだやかで、苦しんだようすはありませんでした」

 彼は父の言葉を思い出した。

「人間は医学的に一二〇歳まで生きられるのだ。だから自分は二〇〇歳まで生きて、人類三世代にわたってお世話をしたい」などと、世間からみれば素っ頓狂とも大風呂敷ともとれる話を大まじめに公言していた父、笹川良一は、その公約を果たせずに九六歳で死んだのだった。そのときの気持ちを、彼、笹川陽平はつぎのように話す。

「晩節を汚すことなく──まあ、世間から見たら汚したのかどうかわかりませんが──、私から見たら、汚さずに旅立たせることができたというのは、笹川良一をお守りしようと誓って彼に寄り添った四〇歳のときの自分自身の目的を果たすことができたということで、ですから、涙なんて出るどころか、不謹慎な話かもしれませんが、やれやれ、ほっとしたという気持ち、それだけがありました」

 あくる日の朝刊各紙は、良一の死をいっせいに報じるだろう。いま一階のロビーには、記者たちが大挙して詰めかけている。彼らはどこで聞いたのか、この数日間、良一死亡のニュースを取り逃がすまいと朝晩のかかわりなく集まって、秘書をつかまえては「まだですか」などと、不躾な質問をあびせていた。

 陽平は、あくる日どんな見出しが立つのか、大方想像がついている。枕詞みたいに父親の名前の上に「敗戦で一時A級戦犯容疑/競艇資金で影響力」(朝日)、「昭和裏面史知る競艇のドン」(毎日)、「『右翼の大立者』」(読売)、「右翼・競艇・『日本のドン』」(日経)、「右翼…戦犯…慈善家」(産経)などと、予想していたとおり判で押したように良一のことを暗くダーティーなイメージで伝えることになるが、これは逃れ得ない話だった。

(連載『宿命の子』より抜粋・文中敬称略)

※週刊ポスト2012年5月4・11日号

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