金日成生誕100周年の盛大な行事は、ミサイル発射の失敗によってその“虚飾ぶり”を白日のもとに晒した。そもそも、北朝鮮は「世襲3代目」正統化のために無理な実績作りを急いでおり、金正恩自身は経験不足や権力基盤の脆さが指摘されている。ベストセラー『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋刊)の著者である五味洋治氏が、“金正恩の虚実”を分析する。
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私は最近出版した著書の中で、金正日総書記の長男である正男に、正恩について聞いた事がある。
正男は正恩と直接会ったことはないとしていたが、「遺憾ながらその幼い子(正恩氏のこと)の表情には、北朝鮮のような複雑な国家の後継者になった人間の使命感や慎重さ、今後の国家ビジョンを悩む表情など、なにも読みとることができません」と言っていた。
さらに「顔が祖父に似ているというだけで住民から支持されるか疑問だ」とも話していた。その通りだろう。
北朝鮮から逃げ、現在は日本に暮らすある日本国籍の男性は、北朝鮮にいる親族から聞いた内部の事情をこう語る。
「正恩は単なるお人形さんで、彼を支える元老たちが北朝鮮を操ると誰もが思った。ところが、正恩は、周囲から軽く見られるのを嫌い、ますます肩に力が入り、暴走気味なため、住民たちは不安がっている」
外交合意や住民との約束よりも自分のメンツを重んじる正恩は、今後どんな暴走を見せると考えられるか。韓国国防研究院の白承周安保戦略研究センター長は、「ミサイルの失敗を取り返そうと、限定的な挑発行為に出てくる可能性がある」と予測する。
また別の識者は「韓国の主要公共機関への大規模なサイバーテロや、ソウルの都心を狙ったテロも考えられる」と語る。
いずれにしても、強硬路線に変わりはないとの見方が大勢だ。日本政府は、そんな「強がり」金正恩にどう向き合うべきか。
まず、これまでの対北政策を総括し、再検討する必要がある。日本政府が行なう制裁には賛成だが、本当に効果はあるのか。日本政府は、とりあえず制裁さえ科しておけば批判をかわせる、などと思っていないだろうか。
現状の経済制裁のままでは、穴がたくさんある。最大のものは、中国との関係だ。日本が経済制裁を科したところで、中朝の貿易は増大の一途を辿り、北朝鮮国内では「日本・韓国製」が「中国製」に変わっただけ。このままでは、10年経っても進展はない。
また、北朝鮮が問題を起こすと、日本外務省の担当者は決まって中国や米国詣でを始める。北朝鮮上層部につながる独自のルートがないからだ。しかし、中東情勢で手一杯の米国は、もう北朝鮮問題で主導権を取る余裕を失っている。面倒を被りたくない中国は、懸命に隣人の味方をする。
そろそろ、他国にお願いするだけの対北外交は効果がないことに気づくべきだろう。日本として独自に何ができるのかを検討する時だ。この4月に平壌で開かれた一連の重要な会議で、崔龍海・軍総政治局長ら軍における「正恩の側近」が一気に出世し、表舞台に出てきた。彼らのような中枢部につながる交渉ラインを自分たちの力で発見することも必要だ。
4月16日の国連安保理議長声明に見られるように、北朝鮮への逆風は強まっている。そんな中、制裁を維持しつつも水面下の接触を増やし、相手側の本心を探る方法もあるだろう。
日朝間の最大の懸案である日本人拉致問題は、父親の時代に起きたことであり、正恩は一応当事者ではない。その分、問題解決に向け、正恩の負担は軽いはずだ。むしろ、戦後補償として巨額な外貨を手にしたいと期待する正恩との間には交渉のチャンスが十分ある。
※SAPIO2012年5月5・16日号