橋下徹・大阪市長が打ち出している経済政策、いわゆる「ハシノミクス」で橋下氏はどのような社会を目指しているのか。橋下氏とツイッターやブログで活発な議論を交わした経済学者の池田信夫氏が論じる。
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目下の最大の政治的課題は消費税増税だが、これに関する橋下氏の発言は矛盾に満ちている。この問題については、私のブログと橋下氏のツイッターで、お互いを批判し合った。
例えば、橋下氏は今年4月4日のツイッターで「僕は消費税増税を否定しない。ただ今の民主党の増税には反対だ。消費税を地方に渡して、地方の判断で増税することには賛成だ」と述べ、同様に大阪維新の会が発表した「維新の八策 原案」でも、「地方交付税の廃止と地方間財政調整制度(財源の地方間格差を調整するための制度)」を提唱し、「消費税は地方税に」と訴えている。
これらは橋下氏が強く主張する地方分権の推進を目的とした政策だが、財務省が使途を限定するヒモ付き地方交付税と違い、地方官僚に消費税を丸投げして自由に使わせれば、無駄なバラマキ福祉に使われるだけだ。
橋下氏が「今の民主党の増税には反対」と述べる本当の理由は、消費税増税に反対している小沢一郎氏との連携狙いだろう。だが、橋下氏は無知か意図的な勘違いのどちらかだが、小沢氏はもともと消費税増税論者である。
竹下内閣の官房副長官として消費税の導入を進めたのも小沢氏だし、細川内閣で、結局は頓挫したものの、消費税を「国民福祉税」に変え、税率を3%(当時)から7%に上げる方針を進めたのも小沢氏だ。今、消費税増税に反対しているのは、「反小沢」執行部を倒すためで、政治的方便にすぎない。
ただし、小沢氏と組むという政局的な勘は悪くない。資金力・組織力のある小沢グループと国民人気の高い橋下氏の大阪維新の会が組めば、次の総選挙で第1党になり、「橋下首相・小沢幹事長」という細川内閣に似た体制が実現する可能性はある。
しかし、仮に「橋下首相」が誕生したとしても、今のように官僚組織を敵に回して勝てるのは地方止まりで、中央政府では通用しない。300議席を取った民主党ですら、霞が関に敗北し、逆に取り込まれてしまった。
もしも「橋下首相」が「ハシノミクス」を実現したいならば、今のように“脱藩官僚”ばかりでなく、霞が関の「中」、とりわけ中枢中の中枢である財務省を陣営に取り込む必要がある。かつての細川政権時代、小沢氏は、斎藤次郎大蔵事務次官(当時)と組んで官僚機構の変革に取り組み、ある程度の成果を出した。今はその時以上に、国の行く末に危機感を抱いている官僚は多い。
橋下氏は自らを坂本龍馬になぞらえているが、実際に明治維新を成し遂げたのは死ぬまで政府の中枢で仕事をした大久保利通である。維新の成否は、彼がいかに多くの大久保利通を取り込めるかにかかっている。
※SAPIO2012年5月9・16日号