経済成長が一定の規模に達した現在の中国の課題は、経済が好調なうちに世界に通用するブランドをいくつ持てるかだ。その意味で、先陣を切ってボルボを買収した「吉利」の李書福CEOに注目が集まるが、彼はどんな人物なのか。ジャーナリストの富坂聡氏が解説する。
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4月24日、スウェーデンを訪問している中国の温家宝総理が、現地のある民間企業を訪問したニュースがメディアで大きく取り上げられた。
訪問したのは、1934年創業の伝統ある自動車メーカー・「ボルボ」である。だが、温総理を迎えたのは北欧特有の容姿をした白人ではない。中国の田舎町でよく見かける作業服を着た労働者のような容貌の東洋人だったのだ。
実は、「ボルボ」はすでに3年前に中国の企業によって買収されているのだが、それを行ったのは中国産業界の風雲児である李書福CEOなのである。
李CEOといえば、自動車会社を興す前はゴミの回収業を営み、「貧しさのあまり靴が買えず、3年間裸足で生活していた」(関係者)などエピソードに事欠かない人物として知られている。
かつて彼の弟が「ホンダ」など日本のメーカーの名を語ったバイクを販売してトラブルになったり、商標権をめぐってトヨタ自動車と裁判で争うなど、日本ではマイナス面のニュースで一部に記憶される人物でもある。
彼の評判については毀誉褒貶入り乱れているが、いずれにしても日本には失われた活力を体現した人物であることは間違いない。
事実、1990年代には当時300社ほどあった中国の自動車メーカーを3社に統合して効率化を図る計画が進行中で、その流れに逆流しようとする李は、あの手この手で妨害されることとなった。
だが、結果として彼の企業は生き残るだけでなく、国有大企業が事実上自社ブランドを放棄して外国メーカーの工場に成り下がるなかで、自社ブランドを死守し続けたのである。
李が育てた「吉利」は、いまや「ボルボ」の親会社となり、総理の訪問を受けるまでになったというニュースは感慨深い。
経済成長が一定の規模に達した現在の中国の課題は、経済が好調なうちに世界に通用するブランドをいくつ持てるかだ。
その意味でも「吉利」は見事にその役割を果たしているのだが、それにしても官民がよってたかって潰しにかかった企業が、結果的に中国人のコンプレックスを解消してくれるのだから皮肉である。