介護がさまざまな社会問題を引き起こしている。「認知症」の親に、そして子供たちに、今何が起こっているのか。作家・山藤章一郎氏が見た介護の現実とは……。山藤氏が報告する。
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千葉市花見川区、花島公園。72歳、元・高校校長。背筋を伸ばして歩く。〈先生〉の散歩に付き合ってみた。右手に鍵を握りしめている。
「先生、カバンに入れたらどうですか」「ああ、そうだよ」「失くしますよ」「ああ、そうだよ」「どこの鍵ですか」「ああそうだよ」「ちょっとここのベンチに坐りましょう」「なんだ、きさま」「どうぞそこに」「なんだ、きさま」口をへの字に曲げ、桜の木に近づいて行った。
いきなり小便を始めた。「そうだよ」「なんだ、きさま」〈先生〉の返答はすべてこれで完結する。
〈先生〉ほか、今日は20人ほどのお花見である。足の悪い老人が多い。地面に坐れない。公園のテーブルを囲む。ひじきを混ぜたおにぎり、ほうれん草のおひたし。みなで食っている最中、また「なんだ、きさま」と怒鳴った〈先生〉が、不機嫌を露わにぐるぐる回り始める。
民家を活用する介護施設〈宅老所・いしいさん家〉の、石井英寿代表が教える。「徘徊です」。だれにも〈徘徊〉とは分からない。〈先生〉はぶつぶつと声を怒らせながら回る。
「先生、そっから向こうはバツですよ」「なんだ、きさま」「もう帰りましょう」「なんだ、きさま」。公園の花見客が振り返る。
※週刊ポスト2012年5月4日・11日号