AKB48の“公式ライバル”である乃木坂46の新曲『おいでシャンプー』の間奏部分で、スカートをめくりあげる振り付けがネット上で批判を浴びたのは記憶に新しい。総合プロデューサーの秋元康氏も、ネット上でソニーミュージックの担当者の名前をあげ、「だから、会議の時に言ったじゃないか! あれは、やりすぎだよ」と苦言を呈した。
だが、そもそも、なぜ日本人は“スカートめくり”という行為をイヤらしく感じるのであろうか?
実は、“パンツが見える”という事実が、男性に性的興奮を与えるようになったのは、昭和30年代に入ってから。歴史的にみれば、つい最近のことなのである。
戦前、日本人女性の多くは和服を着ていた。この頃、和装の女性はほとんどズロース(パンツ)を履いておらず、下から見上げられ下半身を覗かれることもあれば、風で袖がまくれ、直接見えてしまうことも多々あった。そのため、当時の男性は、パンツごときでは何とも思わなかったのだ。その思考を現す川柳がある。
「つむじ風 惜しいがみんな 履いている」
(原比露志『現代末摘花』所収。1952年)
戦後になると、女性はパンツで下半身を隠すことで、男性の視線を防いでいく。すると、成人男性はパンツを見て、「クソッ!」と思ったのである。
だが、子供にとっては、スカートがめくれたときに見えるパンツにこそ、エロティシズムを感じたのだ。“下半身ののぞき見”を体験していない、いわゆる団塊の世代こそ、日本の歴史上、パンツに対する憧れを抱いた初めての世代であるといえる。
1969(昭和44)年に、漫画『ハレンチ学園』でスカートめくりが登場すると、子供のあいだでも大流行。これ以降、完全に“スカートめくり=性的興奮のるつぼ”と化していった。
だが、平成に入ると、“セクハラ”という言葉の流行とともに“スカートめくり”も激減。近年、小学生のあいだで、スカートめくりが行なわれることは、稀になったという。
そんななかで、乃木坂46があまりにも大胆過ぎる振り付けをしてしまったため、ネット上で批判を浴びたのではないだろうか。昭和の時代であれば、おそらくこれほどまでに叩かれることもなかった可能性もある。
※参考文献:『パンツが見える。―羞恥心の現代史』(朝日選書、井上章一著)