いま中国では「月嫂(ユエサオ)」と呼ばれる家政婦が存在感を増しているという。ところが彼女たち、日本の「家政婦のミタ」のように何でもかんでもいうことを聞くわけではない。あまりの高給ぶりに、問題視され始めているのだ。その内情について、中国事情に精通する田代尚機氏(TS・チャイナ・リサーチ代表)がレポートする。
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家政婦といっても、炊事や洗濯をするのではなく、妊婦に24時間付き添って食事の世話やお乳が出るようなマッサージをしたり、おむつの換え方からお風呂の入れ方に至るまで住み込みで出産前後の面倒をみる、いわゆる乳母が今回の主役。厳密にいえば「月嫂」は国家資格ではないが、国家機関が研修を行ない、合格すれば証明書をもらえる。
驚かされるのは、その収入である。北京や上海、深センなどの大都市では月収が最高で1万5000元(約19万5000円)。日本ならあまり驚く水準ではないかもしれないが、中国では国有企業の職員でもせいぜい5000元程度であり、その3倍にも上る。その金額はなんと国内の医師よりも高く、外資系金融機関の現地スタッフ並みなのだ。
しかも、かつての給料はその半額にも満たなかったが、今年に入ってから急騰している。というのも、今年は辰年であり、中国では辰は皇帝の化身とされ、辰年生まれの子どもは縁起がいいといわれる。そのため出産が増え、彼女たちの需要も高まっているというのがその理由のようだ。
ところが、実際には辰年だから出産が増えているというわけでもなく、「辰年を口実にブームをつくり出し、彼女らが不当に値段を吊り上げている」といった批判がここにきて高まっている。
一方で、「彼女たちは大変な重労働なのだから、それくらいもらって当然」といったような意見もあるが、いずれにしろ、乳母を雇うような習慣のない日本人からみれば、なんとも信じられない事態ではないだろうか。
それもこれも中国の富裕層がそれだけ増えているという何よりの証拠といえるだろう。米誌『フォーブス』の2012年版長者番付によれば、資産が10億ドル以上の富豪は米国の425人をトップに、2位がロシアの96人、3位が中国の95人。
また米国資産管理大手の資料によると、2010年に100万ドル以上の資産を保有する中国の富裕層は53万5000人とアジアでは日本に次ぐ。加えていえば、貧富の格差が日本よりもはるかに拡大しており、とんでもない金持ちの絶対数は中国で急増している。
それゆえ、現代の日本社会ではとても信じられないような商売が成り立つのである。国有企業のエリート社員や医師をも上回る高給家政婦たちは今後ますます増えるに違いない。