想定される津波最大値が次々に高くなっている。これらの数字は、科学的にあらゆる可能性を考慮したうえで、最悪のケースを全部足し算した数字なのだ。そして、学者が想定を厳しくすると、それは土木建設業者にとって“福音”となる、と大前研一氏は指摘する。以下は、大前氏の解説だ。
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従来の想定を大幅に上回る南海トラフ地震予測を、内閣府が設けた学者の検討会が発表した。
その内容は、地震の規模を最大で東日本大震災並みのマグニチュード9.1に設定すると、震度7になりうる地域が10県153市町村に及んで面積は従来想定の23倍に拡大、津波の高さは最大34.4メートルに達し、従来はなかった20メートル以上の津波が来る可能性のある地域が6都県23市町村に広がる、というものだ。
ただし、これらの数字は、科学的にあらゆる可能性を考慮したうえで、様々な仮定に基づいて多くのパターンを試算し、その「最大値」を組み合わせた結果である。つまり、事実を積み重ねているわけではなく、考えられる最悪のケースを全部足し算したらこうなる、という数字なのだ。
学者が想定を厳しくすると、それは土木建設業者にとって“福音”となる。防潮堤や防波壁など地震・津波対策の巨大工事が、あちこちで必要になるからだ。実際、太平洋沿岸9県(静岡、愛知、三重、和歌山、徳島、愛媛、高知、大分、宮崎)の知事は早速、南海トラフ地震に備えた対策特別措置法の制定と財政支援を野田佳彦首相に要望した。
すでに今回の予測で34.4メートルの津波が想定された高知県は、これまで設置を進めていた避難ビルでは対応できないとして、沿岸部に地下シェルターや防水構造の潜水式シェルター、超高層避難タワーの建設、津波発生時に沖に逃げる避難船の装備などを同時に検討している。
また、高さ18メートルの防波壁の建設を進めていた静岡県の浜岡原発は、想定される最大の津波高が21メートルになったため、工事のやり直しを迫られている。だから、いまゼネコンは、万一の場合に備えるという建前でダムやら堤防やら様々な公共工事を日本中で行なっていた自民党政権時代に戻ったかのように喜んでいるのだ。
もちろん、そのような巨大地震・巨大津波が100%来ないとは誰も保証できない。だが、そんなことをいえば、北朝鮮のミサイルが東京の都心に落ちたり、旅客機がプロ野球の試合を開催中の東京ドームに墜落したりする確率もゼロではない。リスクを回避するために経済的合理性は否定してもよいが、どこかで線引きをしなければならないのである。
※週刊ポスト2012年5月18日号