4月26日、羽毛田信吾宮内庁長官は定例会見で、宮内庁は天皇皇后両陛下のご意向を受け、両陛下がご逝去の際、皇室の伝統である大がかりな“土葬”ではなく、一般的な“火葬”を検討していることを発表した。さらに両陛下は、お墓にあたる陵(みささぎ)の小規模化も望まれているという。
「両陛下が、生前のうちから葬儀について、ご意思を伝えられること自体が極めて異例のことです。今回の陛下のご意向は、“遺言”ともいえるものなのではないでしょうか」(宮内庁関係者)
明治時代を迎えると、天皇は“神”として崇められるようになり、明治天皇は古代の天皇と同じように陵(古墳)が京都に造られ、埋葬された。この方式は大正天皇、昭和天皇にも踏襲されることとなり、各々東京・八王子市に陵が造られた。また、明治以降のそれぞれの皇后も、天皇の陵の隣りに別の陵を造り、安らかに眠られている。
このような方式に両陛下が異を唱えられたわけだが、それが、なぜいまこのタイミングで発表されたのか。それには、両陛下の強い信念がある。両陛下が即位されて以降、ずっと大切にされてこられた“すべては国民とともに。国民のために”という思いだ。
振り返れば、1989年に昭和天皇が崩御されたとき、その大喪は極めて大がかりなものであった。皇室に詳しい静岡福祉大学・小田部雄次教授はこう話す。
「葬儀に当たる“大喪の礼”には国家元首をはじめとして、使節、大使など世界164か国の人々が参列したため、警備にも約25億円が割かれました。また棺を“葱華輦(そうかれん)”という巨大な輿(こし)で運び、東京・八王子市に約30億円をかけて造られた武蔵野陵に埋葬されました。結果、葬儀に使われた費用は約100億円と莫大なものとなったんです」
ちなみに2000年に亡くなられた昭和天皇の后である香淳皇后の武蔵野東陵建設の費用は約18億円だった。質素倹約を大切になさる両陛下は、国民のためにも葬送そのものを簡素化することを考え始められたという。
「近年の日本経済の低迷による貧困層の拡大や東日本大震災で苦しむ被災者を間近でご覧になり、“自分たちの葬送に多額の費用をかけるわけにはいかない。国民に負担は強いられない”とお考えになられたのではないでしょうか」(前出・小田部教授)
常に弱者の心に寄り添われてきた両陛下だからこそ、今回の異例ともいえる発表に至ったのだろう。
※女性セブン2012年5月24日号