ギリシャ、フランスで、EU再生に向けた「緊縮財政策」に反対する左派が選挙に勝ち、ヨーロッパの財政危機は半年前に逆戻りした。同じような危機を抱える国は域内に多数あり、さらに緊縮政策の旗振り役だったEUの優等生・ドイツの立場も微妙になった。ただし、現地報道を借りて「EUの先行き不安」とだけ報じる日本の大メディアは本質を理解していない。
EUは政治的には27の加盟国それぞれに政府があり、予算があり、徴税権や予算編成権も独立している。一方で経済的には、関税も人や資本の移動も完全自由化されており、一つの国家といっていい。
その巨大経済は世界のGDP合計の3割を占め、およそ日本の2倍に達する。とはいえ日本への直接的な影響となると大きくない。
域内にはドイツのような先進工業国、フランスなどの農業国、イタリア、スペインには伝統工芸や繊維など旧来型産業が今も多く、一方で旧東欧地域などでは安価な労働力を背景に労働集約型の産業構造が復活して栄えている。
つまり、生産も消費も域内でぐるぐる回っている独立性の強い経済圏であり、日本企業にとっては、GDPがほぼ同規模のアメリカはもちろん、約半分の中国と比較しても、重要性や依存度は高くない。地理的に遠いということもある。
「自動車業界はEU比率が高いとされるので、今回の危機で取材も多く来ているようだが、実はほとんど影響ない。EUでの販売はアメリカや日本の半分以下で、中国より少ない。これからも比率は下がる見込みだ」(大手メーカー関係者)
市場関係者や財界がそれほど慌てないのは当然なのだ。
遠い国だから混乱しても知ったことか、というのは品位に欠ける言い方になるが、厳しい国際競争の舞台で考えれば、日本にとっては、手強いライバルが厄介な問題を抱えたと見ることもできる。
事実、連休明けの「EUショック」には、世界のリスクマネーが混乱を避けてヨーロッパ市場から日本にシフトし、それによって円高が進んだことを嫌気したという側面もあった。円高には痛し痒しの面があるにしても、EU危機は相対的に日本の存在感を高める要素であることは確かだ。
今回、ギリシャやフランスで積極財政策を掲げる左派勢力が急伸したことを、単に重債務国の“逆ギレ”“ワガママ”とはいえない。
EUが「政治は別々、経済と通貨は一緒」という二重構造を続けてきたことで、その果実の多くは経済発展の進んだ国が手にし、逆に発展の後れた国は苦しむという域内格差が進んだ。
なぜなら、本来なら経済好調な国では人件費や地価など物価が上がり、それにつれて通貨高になる。日本の高度経済成長期やバブル期もそうだった。
すると企業の国際競争力は落ちてくる。コスト高に通貨高では当然だ。一方、経済発展の後れた国では逆のことがいえるので、経済力の差が開けば、それだけ競争力は自動的に増す。そういう自動調整機能があるから、アメリカも日本も永遠に急成長を続けることはできずに停滞に苦しむ時代を経験したし、中国や韓国の急成長は安い物価や通貨が支えたのである。
今のEUは違う。圧倒的に経済が強いドイツで何が起きているかというと、企業業績も国際収支も好調であるにもかかわらず、ギリシャ危機などによってユーロは下落、労働力は域内の発展途上地域からどんどん安価に調達でき、地価が上がればそれら地域に工場ごと移転できる。だから域外への輸出産業は発展を続けても競争力が落ちず、笑いが止まらない。
そのかわりギリシャなどの弱小国は、やや古風な表現を使えば強国に搾取される立場に落ち、しかも自国の実力以上にユーロが強いから、域外からの輸入品は不当に高くなり、生活水準は下がる一方になる。
ドイツが多大な負担をしてギリシャなど重債務国を救済するのは、EUを守るボランティア精神からではない。それが自国の発展を維持する最善の策だからであり、逆にその体制を維持していけば将来的にも底辺国に甘んじることになる重債務国が、助けてもらっても不満たらたらなのは、故なきことではない。
※週刊ポスト2012年5月25日号