GW中に関越道で起きた貸切ツアーバス事故は、死者7名の大惨事となったが、過去に起きたバス事故を検証すると、死亡者が最も多いのは前方左側の乗客である。なお構造上からも「危険な座席」「安全な座席」が指摘されるという。自動車整備士などの育成を行なう中日本自動車短大の大脇澄男教授(自動車工学、交通心理学)が語る。
「床面で最も強く造られているのはタイヤの上部。バスの車体は大半が直線的な構造ですが、ホイールハウス(タイヤをガードする部分)は溶接工程によって彎曲形状を造っているため、あらゆる方向からの衝撃に強い。“振動が気になる”“足下が窮屈になる”といった理由でタイヤ上部の座席は敬遠されがちですが、安全な席といえます」
特に計器類のある運転席の周囲は構造が強固なため、「運転席の後ろにあるタイヤの上部の席が理論上は最も安全。また、運転席の背後は妨害行為から守るために強化プラスチックなどでガードされているので、衝撃ではじき飛ばされた時にもそれがストッパーとなる」(同前)という。
エンジンが据えられている後部のタイヤ上も強固な造りとなっているが、ここにはリスクがあるという。
2009年3月、東名高速を走行中の長距離バスの後部から煙が出ているのに運転手が気づき、78名の乗客・乗員は近くのサービスエリアで緊急避難。全員が避難を終えた直後にエンジン部が炎上し、車体は全焼した。同様のエンジントラブルによる火災は数多い。
「エンジンの近くには燃料タンクがある。大型バスは大半が引火点の高い軽油を燃料としているので、ガソリンを使う一般車に比べれば引火、炎上の危険性は低いものの、長距離走行や整備不良によって温度が上昇した場合に火災事故が起きています」(同前)
そんな後部座席のリスクを軽減するのが非常口の存在だ。2003年8月に北海道の国道で起きた観光バスとオートバイの正面衝突事故では、オートバイの燃料が引火してバスの運転席付近で火災が発生。左側前方の乗降口が使えなくなったために、乗客乗員15名は右側後方の非常口から脱出し、全員が逃げ出した数分後にバスは爆発、炎上した。
「左前方にある乗降口の対角線上に非常口があるのは、脱出路のリスク分散という理由。前方が破壊されたり、左側に横転したりした場合、左前方のドアは使えなくなるからです」(同前)
実際、横転事故の多くは左側に倒れるケースが多い。その意味では、非常口付近は「命を守る座席」といえるだろう。
※週刊ポスト2012年5月25日号