ギリシャ、フランスで、「緊縮財政策」に反対する左派が選挙に勝ち、ヨーロッパの財政危機は半年前に逆戻りした。厳しい国際競争の舞台で考えれば、日本にとっては、手強いライバルが厄介な問題を抱えたと見ることもできる。
日本は敵失で相対的競争力が増すとはいっても、ユーロ安の恩恵を受けてきたドイツとは逆に、これまで経済停滞にもかかわらず不当な円高にあっただけに、すぐに国際競争力を取り戻すことにはならない。さらに世界マネーが日本に回帰したことで円高が固定化すれば、むしろ輸出産業にはデメリットも多い。
円高ユーロ安を活かすなら積極的な海外投資やM&Aが考えられるが、実はEUへの投資にはそれほど魅力がないといわれる。
「為替を活かして海外に工場を作ったり、輸入品を安く仕入れたりというメリットは十分期待できますが、EU企業の買収はどうでしょうか。
私の知る限りでもいくつかの案件が動いていますが、そもそもEU圏の産業はオールドファッションのものが多く、日本が欲しいITや最先端技術では有望な買収先は限られる。
しかもごく少数の巨大企業が利益を独占し、その他の企業は儲からないという産業が多く、前者は買収するには株価が高すぎ、後者は買収するメリットが小さい。製薬やアパレル業界などには魅力的な企業も多くありますが、日本企業に手が出るかは疑問です」(真壁昭夫・信州大学教授)
危機の影響も限定的だが、それを活かすメリットも限定的ということのようだ。
ただし、マネーに国境はないグローバル経済のなかでは、間接的にはありとあらゆる変化が起きる。目ざとい日本企業は、すでにEU危機を逆手に取る投資戦略に動き出している。
軒並み業績好調な商社はその筆頭で、大手の一角の幹部はこう明かす。
「我々の業界にとって、EU圏とのビジネスはあまり多くないので、危機が業績に与える影響は極めて軽微です。
ですが最近、EUの金融機関などから、自分たちの投資案件の売り込みが急増している。つまり、経営が苦しくなってきたために、投資を現金化したいから買い取ってくれという要請です。南米やアフリカの資源やエネルギー関連、食料関連などが多い」
とはいえ、そこはシビアなビジネスの世界。相手が売りたがるもの、提示する金額をそのまま受け入れていては損を掴まされる。日本企業と広く提携する資源関連の国際的大手企業には、最近、付き合いのある日本企業から投資案件の助言を求める問い合わせが増えているという。
「ヨーロッパの資源企業や金融機関が、先物買いで投資していた途上国のエネルギー企業や資源株を日本企業に売り付けようというケースが多い。ただ、我々でも名前を知らないような弱小企業や、それこそ当たるか当たらないか全く予想もつかない山師のようなプロジェクトばかりで、投資を奨められるような案件はほとんどない。
印象としては、EU企業は少しずつ手元が苦しくなってきてはいるものの、まだしばらくは余裕がある状態なので、今のうちに厄介な荷物を金持ちの日本企業やアメリカ企業に押し付けてしまおうとしているように見える」(同社渉外部門関係者)
示唆に富む証言である。今にも世界恐慌の引き金が引かれるといわんばかりの国内報道とは裏腹に、ビジネスの現場ではEUはまだ余力を残しながら、したたかに生き残るための資産見直しを進めており、国際情勢にも熾烈な交渉にも疎い日本企業が“お客さん”として狙われているというのが現状のようだ。裏を返せば、これからEU危機が深刻化すればするほど、交渉条件は日本に有利になる。
前出の大手商社幹部は、「今はまだEU圏からの売り込みに乗る気は全くないが、それこそ仏独が決裂してEU危機の長期化が決定的になったら、有望な投資案件を安く買い叩くことができるかもしれない。そうなれば話は別だ」と虎視眈眈だ。
※週刊ポスト2012年5月25日号