634mという世界一の高さを誇る電波塔「東京スカイツリー」が5月22日にオープン。建設途中で東日本大震災に見舞われた時、日本のモノづくりの粋を集めた現場は、どう危機を乗り越えたのか。ジャーナリストの片山修氏が、当事者たちの証言で迫る。(敬称略)
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建設現場では、けが人はおろか、大きなトラブルも何一つ起こらなかった。スカイツリーは、完成した状態のほか、施工中に地震に遭った場合にも備え、事前に、施工段階ごとに、塔体の揺れ方などをシミュレーションし、地震対策がとられていたのだ。
「施工にあたっては、建設段階を10段階ほどに分けて、どの段階において地震が起きても大丈夫なように、解析を行なったんです。例えば、高さが高くなるにしたがってスカイツリーの揺れ方の固有周期が変わるなど、変化がありますし、制振システムの『心柱』がない状態もあります。
どの段階で地震に遭おうが大丈夫な確認をしていましたし、クレーンなどの仮設設備には対策をとっていましたので、大きなダメージがないだろうことは、ある程度わかっていました」
と、大林組技術本部企画推進室副部長の田村達一は言う。
つまり、すべては「想定内」だったという。東日本大震災では、東京電力福島第一原子力発電所の事故において、東電や国の原発事故に対する「リスクマネジメント」の甘さが表面化した。その点、スカイツリーの建設現場では、震災時に大きな被害が発生しなかったことは、高く評価されていい。
対策の一つが、タワークレーンのマストの補強だった。一般的なクレーンの強度は、クレーン構造規格により定められているが、スカイツリーの場合、最上部に設置されたクレーンは、法令で定められた以上の負荷がかかることが考えられる。
そこで、実際に、タワークレーンがマストを伸ばした状態で、地震波が到達した場合を想定し、コンピュータに地震動波形を入力して検討を重ねた。
結果、マストの外の寸法は同じまま、四隅の柱を太くするなど、内部を構成する鋼材数を増やし、強度が25%アップされた。つまり、技術者たちが自ら「法令で定められた以上の対策」が必要と判断したのだ。
さらに、マストと塔体を結ぶオイルダンパーが設置された。
「操縦室が揺れれば、オペレーターが危険にさらされます。操縦室の揺れを吸収するため、マストと塔体を、二本の制振用のオイルダンパーでつないだんです」
と、タワークレーンを担当する、大林組機械部技術第三課長の椎名肖一は説明する。
タワークレーンは、マストが一定の高さを超えると、「ステー」と呼ばれるつなぎ梁で塔体とマストを緊結する。今回は、それに加えて、世界で初めて、制振ダンパーが設置されたのだ。
建設後、長期にわたって建ち続けるスカイツリーは、本体に、地震に耐えうる強度が求められるのは当然だ。しかし、タワークレーンが利用されるのは、建設期間の約2年間だけであり、そのうち、マストが長く伸ばされる期間はさらに短い。
そのわずかな期間に大地震に見舞われる確率は非常に低い。そして、かかるコストは、決して小さくないのである。低確率の危険性のために、どこまで対策をとる必要があるのか。大林組の社内では、工事中の耐震対策について検討が重ねられた。「費用対効果から言って、ムダではないか」という声もあった。しかし、安全が優先された。
「タワークレーンのマストを補強したときは、正直“やり過ぎだろう”と思っていました。でも、結果的には震災時、マストと塔体をつないだ制振ダンパーは、フルストロークで動いて揺れを抑制しました」と、田村は胸をなでおろす。
大震災の時、クレーンのオペレーターの中には、塔体へ急いで逃げた者も、操縦席で揺れが収まるのを待った者もいた。いずれも、大きな恐怖に震えあがった。
しかし、幸い、制振ダンパーにより、タワークレーンの揺れは、揺れの方向によって3分の1から3分の2程度にまで低減された。
「仮にも、タワークレーンの耐震強度を上げていなかったらと考えると、恐ろしいですね……」と、田村はしみじみと語る。
地震対策だけではない。世界一の自立式電波塔建設は、日本のモノづくりの底力なしにはかなわなかった。詳細は近著『東京スカイツリー 六三四に挑む』(小学館)にまとめた。
大林組の田村、椎名両氏には、その取材のなかで話を聞いたわけだが、スカイツリーの建設現場には、「擦り合わせ」「声かけ」「カイゼン」「ジャスト・イン・タイム」など、日本の製造業の現場力を示すキーワードが溢れている。
そして、鉄骨に使用する特殊鋼の開発、生産をはじめ、鉄骨加工、ITを駆使した設計や建設技術、また、LED照明、エレベーターやアンテナなどの設備、省エネ技術など、多くの最先端技術が駆使されている。スカイツリーは、まさに日本のモノづくりの集大成なのだ。
※SAPIO2012年6月6日号