重慶市の書記だった薄熙来の失脚背後には上海閥+太子党と共青団(中国共産主義青年団)との暗闘が透けて見える。次代の中国を運営する主要メンバーが決まる、今年秋の第18回党大会を前に2つの勢力による権力闘争が激化している。評論家の宮崎正弘氏が読み解く。
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4月21日、昨年7月に死亡説が流れた中国の江沢民前国家主席についての動向を香港紙「明報」が報じた。米コーヒーチェーン最大手であるスターバックスのハワード・シュルツCEOと4月17日に北京で会見したという。江沢民に近い薄熙来の失脚で勢力の衰退が噂される中、久々に氏の動向を伝える報道だった。
江沢民には健康不安説が根強くある。老体に鞭打ち、会見に出て健在ぶりをアピールしたとすれば、それは危機意識の表われだろう。
また、今回の会見は江沢民側が流した偽情報だという説もある。だとすれば、そこまでして江沢民の健在を誇示せねばならないほど、彼の率いる上海閥は焦っているということだ。
なぜか。理由は薄熙来の失脚以来、攻勢を強める胡錦濤国家主席率いる共青団の勢力拡大にある。
重慶市書記だった薄熙来の側近、王立軍が米総領事館に亡命を求めて駆け込んだのは今年2月。これにより薄熙来は書記を解任され、政治局員の職務も停止された。現在、党中央規律検査委員会の調査が行なわれており、共青団が厳しい追及の姿勢を見せている。
苛烈な権力闘争は他の事件にも表出している。4月20日、中国最高人民法院(最高裁)は、集金詐欺罪に問われていた浙江省の女性実業家、呉英被告に対する死刑判決を認めず、浙江省高級人民法院(高裁)への審理差し戻しを決定したと発表した。中国で差し戻し審は異例だが、背後には胡錦濤側の強力な要請があったと見られている。
呉被告が浙江省で事業拡大をしていた時期に、浙江省の書記を務めていたのは習近平だ。そして、彼の腹心であった者たちの多くが、呉被告から賄賂を受け取っていた疑いがある。これは習近平に対するカードを共青団が手に入れるための差し戻し審なのだ。
2003年に胡錦濤が国家主席に就任してからも江沢民は隠然たる影響力を保持し続けてきたが、これまで苦杯をなめてきた共青団が一大攻勢に打って出ているのである。
かように激しさを増す権力闘争だが、その内実を知るにはまず、中国の権力の中枢がいかなる構造になっているのかを知る必要がある。
党大会で総書記に選ばれると、その後に開かれる全国人民代表大会(全人代)で国家主席になる。だが、総書記・国家主席は独裁者ではない。中国を動かすのは、国家主席、国務院総理(首相)を含む、中国共産党中央委員会の政治局常務委員9名だ。国家運営に関する重要事項はこの9名の多数決により決まる。つまり、ここで過半数を得た派閥が実権を握るのだ。現在の「9人」を見てみよう。
江沢民率いる上海閥は賈慶林(序列4位)、李長春(5位)、賀国強(8位)、周永康(9位)、そして江沢民の後押しを受ける習近平(6位)の5人。彼らはまた共産党高級幹部の子弟である太子党の中心メンバーでもある。
対する共青団は胡錦濤(1位)、李克強(7位)の2人。中立だがやや共青団寄りとされる呉邦国(2位)、温家宝(3位)をあわせても4人だ。つまり、現時点では5対4で上海閥が優勢なのだ。
上海閥+太子党vs共青団の抗争の歴史は、江沢民の権力掌握の歴史と重なる。
江沢民が中国共産党総書記の座についたのは、天安門事件の起こった1989年。トウ小平の改革開放路線を継ぎ、「社会主義市場経済」の導入を計る。これによって、中国の経済は飛躍的に成長した。同時に、それまで無派閥だった江沢民は自分の派閥育成に勤しむ。それが上海閥である。
経済成長の裏で、上海閥は利権を独占し、甘い汁を吸い続けた。新規事業の許認可権を握ることで、カネが転がり込むという構図だ。銀行、生保、不動産、ITなどの巨大利権は上海閥の手中にあり、胡錦濤が国家主席に就任した時には、“共青団”が“新規参入”する余地はなかった。結果、共青団は地方都市の小さな利権に甘んじるしかなかった。
※SAPIO2012年6月6日号