悲痛な叫びだった。
福島第一原発事故の発生から1年以上、町民の大半が避難生活を強いられている福島県双葉町の井戸川克隆・町長がスピーチの途中で堪えかねたようにこう切り出した。
「もう大臣がいません、もう帰って……。もう、向きを変えたいと思います」
5月11日、国会議事堂にほど近い東京・永田町の全国町村会館で開かれた全国原子力発電所所在市町村協議会の総会での出来事だ。
総会には枝野幸男・経産相と細野豪志・原発担当相が出席したが、2人とも冒頭の挨拶だけ済ませると、「国会がある」とそそくさと中座した。原発の不安を抱え、政府の意見を聞こうと全国から集まった市町村長の前にはもぬけの殻の2つの大臣席が残された。
そこから異様な光景が出現した。井戸川町長は空の大臣席にくるりと背を向け、首長たちが並ぶ席の方に向き直って抗議のスピーチを続けたのである。
「細野大臣は、『しっかり責任をとる』なんて簡単にやさしい言葉を皆さんの前でいってますけれど、我々にとってはとんでもない、今置かれている姿は、棄民であります。棄てられた国民であります。(中略)県内の各市町村は、泣く泣く除染作業しておりますが、効果が出ておりません。子どもたちが被曝しながら、毎日生活しております。法律には、管理区域の中では飲み食いをしてはいけない、あるいは10時間以上滞在してはいけない、1ミリシーベルトが限界、となっていても、多くの県民が、そのような中で毎日暮らしてるんです」
枝野氏と細野氏は原発事故直後、SPEEDI情報(※)を隠して「安全デマ」を流して被害を拡大させ、双葉町はじめ被災地の住民に今なお塗炭の苦しみを強いている張本人だ。それなのに町民とともに避難生活を続ける町長の訴えに耳を塞いで逃げ回り、いまや全国の原発立地自治体の首長たちの意見も聞かずに電力会社や経産省の電力マフィアと一体となって原発再稼働に邁進している。
大臣席に背を向けた井戸川町長の姿は、国民の生命を虫けらのように扱うこの政権、2人の大臣への国民の怒りそのものだった。
※SPEEDI/原発事故発生の際に稼働する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」のこと。文部科学省所管の財団法人「原子力安全技術センター」が運用し、そこから専用回線で政府の原子力安全委員会、関係省庁などにリアルタイムで情報が送られる。
※週刊ポスト2012年6月1日号