“最強の捜査機関”として権力者を脅かしてきた東京地検特捜部が凋落の一途を辿る一方で、企業による粉飾決算やインサイダー取引など、複雑・巧妙化する経済事件捜査の主導権を握る存在として「証券取引等監視委員会」の実力が注目されている。経済事件を一刀両断する新戦力を、経済ジャーナリストの森下毅氏が解説する。
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1000億円以上の資産を水増しした光学機器大手「オリンパス」の粉飾、年金資金約2000億円を消失させた「AIJ投資顧問」……。いずれも近年では最大級の経済事件に間違いなく、前者は東京地検特捜部、後者は警視庁捜査2課がそれぞれ手がけメディアの脚光を浴びている。
実は、2つの巨額経済事件の解明を実質的に担ったのは証券取引等監視委員会(証取委、SESC)である。オリンパス事件では海外当局の協力を得て損失隠しの枠組みを詳細に解明。AIJ事件では他ならぬ証取委の検査が事件の端緒を開いた。そんな彼らの実力について、証取委を長年、取材してきたジャーナリストのA氏はこう解説する。
「(証取委は)特捜部や捜査2課のような逮捕権限を有していないため、派手な捕物劇を展開することはない。しかし、国内外に張り巡らした情報網を武器に、金融・証券取引情報を常に監視・掌握し、凄腕の調査官たちがインサイダー取引や粉飾決算の摘発を量産化している。今や、その実力は特捜部や捜査2課を凌ぐと言っても過言ではない」
A氏が解説する通り、証取委は不正の摘発に際して独自の検査や調査、事情聴取などを行なう。不正が認められた場合、罰金に相当する課徴金を課すよう金融庁に勧告したり、悪質と認められた場合には強制調査を行なって検察庁に告発している。
今年7月で発足から21年目を迎える証取委は、米証券取引委員会(SEC)をお手本に作られたことから「日本版SEC」と呼ばれるが、人員は本家SEC(約3900人)の10分の1に過ぎない。だが、注目すべきは、職員削減が続く霞が関の官僚組織の中では珍しく毎年増えていることだ。今では発足時(84人)に比べて実に5倍近く、驚異的な増員である。
霞が関で「奇跡」と言われる人員増を可能にした理由は、その仕事ぶりにある。とりわけ、元特捜検事で福岡高検検事長を務めた佐渡賢一氏が委員長に就任した2007年以降の摘発の増加には目を瞠るものがある。
特捜検事時代から“カミソリ”の異名を持つ佐渡氏が証取委で掲げるのは「監視の空白地帯を作らない」のスローガンだ。国内外を問わず不正を行なう投資家に目を光らせるという意味で、これまで監視が十分でなかった海外案件にも力を入れている。
例えば、2009年4月には、シンガポールに開設された英領ヴァージン諸島の法人名義口座を使ってインサイダー取引を行なった投資事業会社「ジェイ・ブリッジ」元会長を摘発した。これは、証取委が検察に告発した初のクロスボーダー事件(国境を越えた事案)でもあった。
また、国内では都市圏のみならず、地方にも目を光らせている。2010年10月には大分県在住の投資家による相場操縦事件、最近では今年3月に兵庫県在住の主婦によるインサイダー取引事件をそれぞれ暴いた。「監視の空白地帯」は確実に埋まってきている。
※SAPIO2012年6月6日号