党員資格停止処分の解除を受け、小沢一郎・民主党元代表が野田政権への攻勢を強めている。5月9日、検察官役の指定弁護士は陸山会事件で控訴することを決めたが、小沢氏を台風の目に、消費増税などを巡って政局が起きようとしている。その小沢氏の権力闘争における“豪腕”ぶりは、師である田中角栄・元首相譲りとも言われる。だが、ジャーナリストの松田賢弥氏は違うと断じる。
* * *
小沢の闘争を、ロッキード裁判を抱えながら“闇将軍”として影響力を行使した小沢の師、田中角栄と重ね合わせる向きがある。だが、小沢と角栄の間にははっきりと違いがある。
角栄は76年7月、ロッキード事件で、東京地検特捜部により受託収賄罪と外為法違反で逮捕された。角栄の身の処し方は早かった。
〈逮捕状が執行されると、田中は突然、「検事正、お願いがあります」と二枚の紙と万年筆を要求した。「実は離党届と、(田中派の議員グループ)七日会の脱会届を出したい」。達筆で届を書き終わると、今度は「中曽根幹事長に渡して下さい」。「間違いなくお渡し致します」との返事に、田中は安心したという表情〉(読売新聞1976年7月28日付)
その後の角栄は自民党籍を失いながらも裁判を闘い、最盛時の田中軍団(田中派)は141名に膨張した。その最大派閥をバックに闇将軍として君臨。大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘など時の宰相に隠然たる影響力を持っていく。
こうした力を保持できたのは、角栄に人との紐帯があったからだ。その功罪は別にして、角栄に惚れた、角栄を尊敬したという人は数多いた。角栄には持って生まれた土着の臭いがあり、世間の裏、暗さ、辛さを知ったがゆえの情があった。だから、引きも切らず人が集まり、それゆえ、角栄にとって「自民党籍」は重要ではなかった。
対する民主党での小沢は、離党・造反をちらつかせるが、実行には移さない。小沢グループの議員が党を離れても、自身は党内に留まり、むしろ裁判中も党員資格停止を解くべく躍起になっていたように見える。
小沢が離党しない理由の一つに、民主党に交付される約165億円(2012年分)という巨額の政党助成金があることは間違いないだろう。「党のカネ」と人事権の掌握こそが、小沢の権力闘争の本質だ。小沢の宿敵、元官房長官・野中広務はかつて私にこう語ったことがある。
「小沢は虚像がそのまま大きくなって、世間を歩いているような男だ。だが、沈まない。カネと人事を握っているからな」
親小沢と反小沢の対立は20年になる。小沢が1993年、自民党を飛び出して以降、対立構図は引きずられてきた。その間の小沢には“壊し屋”のイメージがついて回り、そのため今も、「離党・造反するのでは」という脅しが利く。
だが、実は自由党を解党した際に小沢は、国民の税金である政党助成金の入った「党のカネ」を自身の関連の政治団体へ恣意的に流し込んでいる。一方、仮に小沢が今、民主党を割ったとしても、党のカネには手が出せない。つまり、今の小沢は党を「割らない」のでなく「割れない」のである。
言うまでもなく政党助成金は、小沢本人が中心となった「政治改革」によって生まれた。角栄の時代にはなかったものだ。政党助成金は1994年から導入されるが、小沢は新進党時代、側近にこう語っていた。
「自分は自民党に長くいたけど、総理総裁になろうと思えば塀の上を歩く必要があるし、(秘書など)死人も出る。こんなことでは日本でいいタマ(政治家)は育たない。政党助成金が必要だ」
小沢にとって権力闘争に勝つための武器はやはりどこまでいってもカネだ。塀の内側に落ちずに権力の座に就くには、口を開けていれば天から降ってくるカネが必要で、それが税金を原資にした政党助成金というわけだ。一方の角栄は、塀の上を歩きながら必死に自分の手でカネを掻き集め、誰彼なく配っていた。
「執行部による支配」しかできない小沢と、「人とのつながり」で政界を渡り歩いた角栄の違いが、裁判中の身の処し方から見えてくるのだ。
※SAPIO2012年6月6日号