「僕らの世代は『ありがとう』や『寺内貫太郎一家』など、1960~1970年代の良質なホームドラマを見て育ったので、何があっても“湿っぽいのは嫌えだ”って意地を張る人を、たぶん僕自身が好きなんですね。〈あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ〉と巻末に謝辞があるのは、そういうわけです」
と語る小路幸也氏(51)の“東京バンドワゴンシリーズ”は、最新刊『レディ・マドンナ』で7作目。表題はいずれもビートルズの名曲に由来し、東京の下町で三代続く古書店・東亰バンドワゴンを営む大家族の堀田家が活躍するストーリーだ。
頑固だが情に厚い〈勘一〉や、その息子で還暦を過ぎた伝説のロッカー〈我南人〉ら、四世代同居の大家族が古本と共に舞い込む事件を解決に導く物語は毎回笑いあり涙あり。冬・春・夏・秋の計四話のうちに子供たちは成長し、大人は歳をとるが、我南人の決めゼリフ〈LOVEだねぇ〉だけは、変わらないのである。小路氏は語る。
「元々は昭和のホームドラマっぽい設定で、M.リューイン『探偵家族』をやろうと。イギリス・バースで探偵業を営むイタリア系の大家族が、マンマの味を囲みながら毎回瑣末と言えば瑣末な事件を解決する、という小説です。日本でもちゃぶ台はホームドラマの命ですからね。毎朝全員で食卓を囲むシーンは僕自身、楽しんで書いています」
〈食事は家族揃って賑やかに行うべし〉〈本は収まるところに収まる〉等々、堀田家には代々の家訓があり、83歳の勘一から3歳の曾孫〈かんな〉と〈鈴花〉まで総勢12名が大きな一枚欅の食卓に集う。ある冬の朝の献立を紹介すれば、〈ご飯につみれの入った具沢山のおみおつけ、きれいな彩りなのはウインナーとカリフラワーのいり玉子でしょうか〉〈かんなちゃんと鈴花ちゃんの大好物であるちくわと胡瓜のマヨネーズ和えもあります〉。
物語の語り手は6年前に先立った勘一の妻〈サチ〉。幽霊ならではの自在さで一家を見守る彼女は端正な言葉遣いが耳に心地よい。
「例えば沢村貞子さんとか、東京の下町の母親の優しく、それでいて媚びない日本語を、僕は旭川の社宅の白黒テレビで聞いて育ち、言葉の面でもテレビに育てられた元祖テレビっ子。画面の中のいろんな家族を、僕は僕で製紙工場に勤める父と専業主婦の母と2人の姉の一家団欒で見ていて、Hな場面では父親が急に咳払いを始める、とかね(笑い)」(小路氏)
先代が始めた古書店を、今は勘一と、我南人の長男で元大学講師の〈紺〉、次男〈青〉の嫁〈すずみ〉の3人が切り盛りし、併設のカフェでは我南人の長女〈藍子〉と、紺の嫁で元CA〈亜美〉の美女2人が腕を振るう。藍子が未婚で産んだ〈花陽〉も16歳になり、藍子は前々作で英国人画家〈マードックさん〉と結婚。
大家族がそれぞれ勝手なことを話しながら成立している会話の妙や、胡麻豆腐にタバスコ、トマトにはきな粉をかける勘一の自由すぎる舌にもファンが多い。
「次はどんな珍味で度肝を抜くか、毎回苦労してます。ただ勘一は主としてやる時はやるし、どんな家にも事情はあって当然。まして花陽や紺の長男〈研人〉は難しい年頃で、笑いも涙もあるのが家族ですからね」
藍子・紺・青の3姉弟で実は青だけは我南人と女優の間に生まれた子供だったり、事情を全て呑みこんで3人を育てた妻〈秋実〉が亡くなっていたり、明るい大家族も結構ワケありだ。
「〈人を立てて戸は開けて万事朗らかに行うべし〉が一家の家訓で、人生いろいろあるからこそ“泣くのはいつでもできる”と笑って見せる痩せ我慢を僕らが美しいと思ってきたのは確か。その気概が、今は懐かしいんです」
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2012年6月1日号