ベストセラー『がんばらない』の著者で、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、東日本大震災の被災地支援のため、たびたび現地入りしている。その鎌田氏が、被災地である石巻市のピアノ再生の試みを紹介する。
* * *
4月25日、東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで、「再生ピアノできっとツ・ナ・ガ・レ コンサート」が開催され、僕も参加してきた。
その名の通り、主役は再生ピアノ。石巻で被災したクミコが設立した『きっとツナガルプロジェクト』の呼びかけで、西田敏行、上妻宏光、声楽家のジョン・健・ヌッツォ、南こうせつ、湯川れい子、レ・フレールなど、そうそうたる賛同者たちが集まり、にぎやかなイベントになった。
石巻は大震災で、街の中心地まで津波がやってきた。市内の老舗、サルコヤ楽器店では、グランドピアノ3台、アップライトピアノと電子ピアノは、合わせて27台が津波で流された。店の被害は3千万円にも及んだ。
それでも83歳になる井上晄雄社長はたじろがなかった。泥の中からグランドピアノを掘り出し、修復を始めた。ピアノを分解し、木の部分を乾かす。何度もネジを磨き、弦を取り替えた。
しかし中からは、砂が湧き出て錆びついていく。それを繰り返していった。井上社長は、無心で砂と格闘し、心の傷さえ忘れていたという。なかなか大した社長。執念の人である。
「壊れたピアノにしがみつけたのは、クミコさんが『再生したら買いたい。そして大きなコンサートを開きたい』といってくれたからです。あの言葉がなかったら、すべてを放棄していたかもしれない」と井上社長は話した。
これまで、4台のピアノを再生してきた。そのニュースが全国に広まると、「もし再生したら、購入したい」という声が寄せられた。
親日派のアメリカの歌手、シンディ・ローパーも、その一人。再生ピアノ購入を決めてくれたという。そのピアノは、津波に流されてしまった石巻市立病院が再建されたときに、ロビーに置かれる予定になっている。
※週刊ポスト2012年6月1日号