日本を追い抜きGDP世界第2位を達成した中国だが、これからもその繁栄は続くのか。そんなことはないと警鐘を鳴らすのは、ベストセラー『チャイナ・インパクト』で中国“繁栄の10年”を予見した大前研一氏だ。以下、大前氏の解説である。
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中国は今、企業の従業員の賃金を毎年15%ずつ引き上げて、2011―2015年の第12次5か年計画の期間で2倍にする「所得倍増計画」を推進している。
だが、現時点でも中国のブルーカラーの人件費は月3万~5万円(ホワイトカラーは10万円)で、タイ(2万~3万円)やインドネシア(2万円)、ベトナム(1万円)など他のアジア新興国より高く、新たな低コスト生産拠点として注目を集めているミャンマーやバングラデシュ(3500円)の10倍になっている。
中国政府は高騰した人件費に対応するため、労働集約型産業を沿海部から内陸部に移し、沿海部の産業高度化とともに内陸部の底上げを図ろうとしているが、内陸部に行っても賃金は3割程度しか安くならない。
もし計画通り賃上げしたら、数年後には中国の賃金がアメリカのブルーカラーの賃金を上回ることになり、企業は中国から逃避せざるを得なくなる。それに加えて人民元が高くなれば、中国はダブルで競争力を失っていく。
しかも、今の中国のようなイノベーションや生産性の向上を伴わない人件費の高騰はインフレ要因でしかない。したがって、人民元は変動相場制になったら安くなり、場合によっては暴落する、というシナリオしか描けないのである。
中国政府が、賃金は市場経済で決まるという原則を無視してまで、賃金を上げようとしている理由は、民衆蜂起を恐れているからだ。中国各地では、貧富の差の拡大や役人の腐敗・汚職に怒った民衆の暴動やデモ(群体性事件)が頻発しており、昨年は約20万件に達したという情報もある。なんと1日当たり548件。収拾不能な数字である。
このため、それを取り締まる公安費(公共安全費)が2010年以降、膨張を続ける国防費をも上回るという異常事態になっている。2012年予算では公安費が7018億元(約9兆1000億円)、国防費が6703億元(約8兆7000億円)。もはや公安は公共の安全を守る組織ではなく“民衆蜂起から不正官僚を守る”ための組織に成り下がってしまった観がある。
ことほどさように民衆蜂起の危険性が高まっているため、政府は民衆の怒りを和らげようと、企業にシワ寄せをしているわけだ。だが、暴動やデモが頻発している背景には、賃上げだけでは解決できない国民の鬱積した不満がある。
※SAPIO2012年6月6日号