江戸の性カルチャーは、バリエーションとクオリティ、奔放さにおいて世界最高峰といっても過言ではない。まずアイテムの充実度が凄い。男女のセックスはもちろん、同性愛や少年愛、オーラルセックスにアナルセックス、乱交、オナニー、さらにはアダルトグッズ、果ては獣姦…あらゆる要素が揃っていた。当時の赤裸々なエロティシズムは、春画で知ることができる。浮世絵研究の第一人者・白倉敬彦氏が語る。
「江戸の性には、タブーがほとんど存在しませんでした。浮気に売買春、妾は公認。混浴の時代も長かった」
江戸のセックス観には、現代の性規範とそぐわない点が多いのも事実だ。明治維新以降、わが国は急速に西欧文化を移入し、キリスト教的な性倫理とタブーまで受け入れた――。 白倉氏はいう。
「江戸のセックスは、現代とは異次元だという意識をもつべきです」
だからこそ、江戸期に日本を訪れた欧米人はぶったまげた。17世紀末に来日したドイツ人医師ケンペルが売春宿の多さに驚愕し、幕末に駐日総領事を務めた米国人ハリスは「混浴なんて信じられない」と嘆き、同時期に長崎を訪れたオランダ軍人カッテンディーケも「若い娘が胸をはだけて平気」と面くらった。
白倉氏はこうも指摘する。
「江戸のセックスには“あっけらかん”という言葉が最適でしょう。セックスは豊穣への願いをこめた、めでたい行為なんです。春画を年賀の贈答品として贈ったのも、セックスが祝うべきものだったからです」
社会通念やタブー意識は違っても、江戸と現代のスケベ心は共通している。春画で炸裂する描写は、時を経ても強烈さを失わない。しかも、必ずユーモアが漂い、底抜けに明るい。さらには、北斎や歌麿ら超大物の絵師がこぞって春画に挑んだ。
「ここには300年の時と性意識を超えた、豊かで鮮烈な性の実相が凝縮されているんです」
セックスは自由で平等なもの。身分や地位、収入などは一切関係ない――江戸の日本人はこのすばらしき真実を熟知していたのだ。
※週刊ポスト2012年6月8日号