消費税増税を巡る議論をすべく、ようやく実現にこぎつけた野田佳彦首相・小沢一郎元民主党代表会談の一方で、永田町の混迷の度合いは増している。野田首相の側近議員は、「総理は消費税を導入した竹下内閣の国会対策を熱心に研究している」と明かす。当時はまさに国対政治の全盛期で、消費税法案を成立させるために野党に巨額の官房機密費がバラ撒かれた。現在では民主党も自民党も批判している「古い政治」の時代である。
ところが、官邸は自民党のなかでも、「解散なき大連立」を狙っている「古い政治」の長老グループを標的に工作を仕掛けているフシがある。
そのルートのひとつが、かつて国対政治を担った早稲田大学雄弁会人脈だ。
野田首相側近の手塚仁雄・首相補佐官がこの間、雄弁会の大先輩にあたる森喜朗・元首相のもとに何度も足を運んだことは永田町の通説だ(手塚氏は否定)。その森氏の盟友の青木幹雄・元自民党参院議員会長には、やはり雄弁会の後輩にあたる安住淳・財務大臣が接触している。青木氏はかつて「参院のドン」と呼ばれた大物とはいえ、現職の財務大臣が引退した議員を訪ねて「法案への協力」を求めるのは異例だ。
さらに手塚氏は、森・青木氏周辺の自民党議員たちにもしきりに接待攻勢をかけようとしていた。旧森派議員の1人は、「手塚から一席設けたいとしつこくいってきた」とそれを認めた(手塚氏は否定)。
効果はてきめん。森氏は「谷垣(禎一・自民党総裁)さんは、消費増税に賛成してしっかり副総理に入ればいい」(3月25日の講演)と増税大連立の旗振り役になった。 それだけではない。
自民党では伊吹文明・元幹事長、町村信孝・元官房長官らが消費増税法案を審議する一体改革特別委員会の理事として“アリバイ国会”を推し進め、それまで党内で逼塞させられていた派閥領袖や長老グループが息を吹き返している。
官邸工作の仕上げと見られているのが森氏のロシア訪問計画である。
「プーチン大統領と個人的な信頼関係がある森元首相に一肌脱いでもらうことをお願いしたい」(5月18日の記者会インタビュー)
野田首相は6月18~19日にメキシコで開かれるG20でプーチン大統領との首脳会談を調整しており、その前に森氏を「首相特使」としてロシアに派遣する意向を明らかにしている。民主党の首相経験者たちを差し置いて野党議員を特使で派遣するなど前代未聞だが、外遊好きの森氏を喜ばせることは間違いない(森事務所は「政府から正式な要請はない」と回答)。
民主党外交部門のベテラン議員は、「あくまでも森さんが断わらなければの話だが」と前置きして官邸の狙いをこう見ている。
「昔から議員団の外遊の際には、官邸が野党議員にも機密費を餞別として渡してきた。首相特使として行ってもらうとなれば、相手国要人への贈り物費用や情報収集の名目でまとまった機密費を渡すのは当然のマナーだろう」
自民党は9月に総裁選をひかえ、長老グループは谷垣おろしを仕掛けて自分たちのいうことを聞く新総裁へとクビを挿げ替える準備をしている。そのためには軍資金も必要だ。
「政治の世界は一寸先は闇」というが、「首相の座」を夢見て野田首相に解散を迫りながら、機密費で総裁の座を追われることになりかねない谷垣氏もまた、いい面の皮である。
※週刊ポスト2012年6月8日号