箱根の険しい山道をスイスイ上って先行ランナーをゴボウ抜き。4年間で箱根駅伝の区間新記録を3度も更新し、ここ数年の正月の話題を独占してきた「山の神」柏原竜二が、新社会人になって壁に直面している。
今年3月に東洋大学を卒業して実業団入りした柏原は、会見で「“五輪で男子マラソンは厳しい”といわれるのを覆したい」とオリンピック出場の意欲を語った。開幕まで2か月を切ったロンドン五輪に向けては、1万メートルの代表を狙って選考会に出場している。
だが、成績が振るわない。社会人初レースとなった4月21日の兵庫リレーカーニバルでは周回遅れの13位で、五輪派遣標準記録に約1分も届かなかった。5月20日の東日本実業団選手権の5000メートルでもトップから36秒遅れて14位に沈んだ。6月9日の日本選手権の1万メートルがラストチャンスという崖っぷちだ。
なぜ箱根で圧倒的な走力を見せつけた柏原が勝てないのか。ロス五輪マラソンで4位になった宗猛・旭化成陸上部監督が分析する。
「上り坂を走るためにはスピードよりも馬力が必要です。馬力とは一定の速度を維持するための心肺能力と脚力のことで、柏原は並外れた馬力を持っていますが、トラックレースとなれば柏原並みのスピードの選手はゴロゴロいる。箱根ではスピードのある選手は山上りの5区ではなく、長距離の花の2区を走ります。正直、1万メートルでは厳しい。柏原の才能はマラソンでこそ開花するはずです」
1万メートルで日本記録を狙うには、5000メートルを13分50秒で走らなければならない。一方、マラソンでは平均15分で走れば日本記録の2時間6分台が出るので、マラソンではスピードよりもそれを維持する馬力こそ重要なのだ。所属実業団の監督は「いまはスピードを磨くためにトラックを経験させ、マラソンへの挑戦は社会人3年目以降」と育成戦略を話している。
※週刊ポスト2012年6月8日号