小惑星探査機「はやぶさ」の成功を目の当たりにして、日本の宇宙技術の水準の高さを改めて思い知った人は多いはずだ。実は、有人宇宙飛行システム開発についても技術的基盤が確立しつつあり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2020年代に運用を開始すべく検討を進めているという。日本の宇宙技術が、今後進むべき道はどこなのか。ノンフィクションライターの松浦晋也氏がレポートする。
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日本の本格的有人宇宙船構想は、1982年に筑波宇宙センターで検討された有人ミニシャトルにまで遡る。これは、その前年のスペースシャトル初飛行後のシャトル型宇宙船への熱狂の中で、日本でも有人の小型シャトルを持つ可能性を検討したものだった。
ミニシャトル構想は、その後無人ミニシャトル「HOPE」に発展し、1990 年代には試験機「HOPE-X」の開発にまで進むが、技術的困難と予算逼迫のため2002年にすべての研究開発は中止された。
次が2001年に、同じく筑波宇宙センターで検討した「日本独自の有人宇宙船構想」である。こちらはアポロ宇宙船と同じカプセル型の有人宇宙船「ふじ」を開発し、H-IIAロケットで打ち上げるというもので、最短8年で開発を行ない、2010年には初号機を打ち上げるとしていた。
しかし、有人宇宙船開発の機運が盛り上がって予算が膨張することを恐れた文部科学省は、2002年6月に内閣府・総合科学技術会議が内閣に提出した「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について」という公文書に「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」と記載し、研究の芽までを摘んでしまった。
2000年代を通じて日本の政も官も有人宇宙活動について積極的に動かなかった。その状況下で日本の宇宙開発関係者が、日本独自の有人宇宙船を開発する道筋を考え抜いた結果が、HTV→HTV-R→HTV-hという技術開発ルートだ。
2020年代にHTV-hによる日本独自の有人宇宙活動実施という目標を実現するには、2つのハードルがある。
まず何よりも必要なのは、「わざわざ税金を使って人が宇宙に行くことで、何を実現するのか」という基本ポリシーの確立だ。人が行くことで、人にしかできない実験を行なうのか。さらに遠くの太陽系全域への有人探査を目指すのか。それとも国際的なプレゼンスを確保するだけで良しとするのか。有人開発を国家戦略に組み込んで考える必要がある。
筆者が思うに、有人宇宙開発は人類が宇宙に出て行くにあたっての超長期的な投資だ。無重力への適応や宇宙放射線の防護、さらには哺乳類の妊娠・出産など、地味な研究を積み重ねる必要のある分野は多い。このような投資は国家にしかなし得ない。
次に、十分な予算の確保だ。2012年現在、日本の宇宙開発はかつてない窮乏状態に追い込まれている。国家財政の逼迫に加えて、政治が無定見に巨大開発計画を増やす一方で、予算総額を増やさなかったためだ。
1998年からは情報収集衛星の開発・運用が始まり、コンスタントに年600億円以上を使うようになった。その分、既存宇宙開発分野の予算は削られ、後退を強いられた。
2012年度予算で、民主党政権は日本版GPSの準天頂衛星を予算化したが、総額1700億円と言われる予算をどこから持ってくるかは不透明である。宇宙開発予算を転用するなら、既存宇宙開発は更なる窮乏に晒される。
予算総額を増やさずに有人宇宙開発に乗り出せば、資金の回らない分野が発生して、これまでに獲得した技術を消滅させてしまうことになる。
日本は独自の有人宇宙飛行を実現するだけの技術的基盤を持っている。有能な人材もいる。そこに方向を与えるのは、政治の仕事である。
※SAPIO2012年6月6日号