「勝てる監督」落合博満を解任して、「観客動員が見込める監督」高木守道の就任を要請した中日。勝利よりも人気を取った人事といわれたが、開幕してみると、観客動員はそれほど伸びないという結果になっている。
それ以上に皮肉なのは首位争いをするチームの功労者は現在の首脳陣ではなく、前任者・落合と見られがちなことだ。曰く、「好成績は落合の遺産のおかげ」――と。本当にそうだろうか。昨年の日本シリーズで、球場を訪れていた野球評論家・江本孟紀の言葉を思い出す。
「確かに中日の投手陣は素晴らしい。でも、浅尾や岩瀬をはじめ、このままだと来年、中日の投手は勤続疲労で“出涸らし状態”になってしまうだろうね。後を引き受ける人は大変だと思うよ」
その言葉はいま、現実のものとなっている。ここまでの中日の投手陣に、「落合の遺産」は感じられない。チェン(昨季8勝)がメジャーに移籍し、ネルソン(同10勝)、ソト(同5勝)が開幕に出遅れた。エースの吉見(同18勝)は故障で、中継ぎの浅尾(同7勝45ホールド)は5度の救援失敗で共に二軍行きである。
その“出涸らし投手陣”を引き受けたのが、73歳の権藤博だ。現役時代は「権藤・権藤・雨・権藤」と謳われた伝説のタフネス投手。引退後は指導者として、中日、近鉄、ダイエー、横浜で数多の名投手を育て上げ、1998年には横浜監督として日本一を経験している。
12年ぶりにユニフォームを着た権藤。就任時、「この年齢になって、恥をかきたくない」と語っていた。「闘いの場にいる僕には時間も余裕もない」といって、「越権行為」といわれようと、野手陣にも口を出す。勝利至上主義を貫くつもりだ。
「昨年までの中日の戦い方を見ると、圧倒的強さで勝ったのではない。せいぜい出せる力は75点くらいのもの。昨年はヤクルト、一昨年は阪神・巨人と、本来なら80点台の力を出せる勝つべきチームが、もっと勝とうと無理をして、コケてくれたから勝てたんです。投球でも速い球を持っている者が、もっと速くてコーナーを突くいい球を投げようとするからおかしくなる。能力以上のことをやるなといい続けています」
こうした権藤の考えを理解する上で、ベテランの存在は貴重なものとなる。最も信頼を寄せるのが、捕手・谷繁だ。横浜監督時代からの付き合いの谷繁の存在は、権藤の拠り所となっている。
「このチームは谷繁で勝ってるようなもの。谷繁がマスクをかぶった時とそうでない時では勝率が5割以上も違う。昨年の優勝は、相川(ヤクルト)との差で上回っていたから勝てた」
二人の関係を物語るエピソードがある。横浜時代の権藤は、「困った時はオレに頼れ」と伝え、谷繁にベンチからサインを出したことがある。
「だから中日でも同じように、困った時にはサインを出そうかって聞いたら、谷繁に“結構です”っていわれました(笑い)。あれから12年、谷繁もずいぶん大人になった。こういう捕手がいるチームは強い」
そしてもう一人は、権藤が「アイツは化け物。黙々と汗をかいて黙々と投げる。サラブレッドじゃなくて農耕馬」と形容する左腕・山本昌である。監督が予告していた開幕投手こそ回避したが、昨年は登板ゼロだった大ベテランは今季すでに2勝。川上の復帰と合わせ、昨年まではほとんどいなかった選手が、今の中日を支えている。権藤は「それは組織がしっかりしているから」と微笑む。
●永谷脩・スポーツライター/文中敬称略
※週刊ポスト2012年6月8日号