今年で創刊31年を迎える熟年投稿雑誌『性生活報告』(サン出版)が秘かな人気を集めている。読者の中心は70歳以上の世代だという。エロといえば、ネットやDVD全盛の今日にあってなぜ、“活字の性”が支持されるのか。
文筆家の北尾トロ氏が『性生活報告』に出会ったのは10数年前のことだった。書店の片隅で異彩を放つ、レトロで美しい女性の表紙に興味をそそられたのだ。
「戦争、疎開、未亡人、もんぺ、みたいな言葉がほんの昨日のことのように出てくるんです。僕の知らない世界がこれでもかと書かれていた。脳天をスコンと叩かれるような衝撃でした」
北尾氏が興味を持ったのは、太平洋戦争前後の記録だった。例えば、「入隊まであと5日、この世に生まれて21年 前線に送られて戦死するかもしれない ああオ○○コをしておきたい」(1991年43号)という71歳の投稿である。
序文にはこうあった。
〈六畳と四畳半の二間に何人も寝起きする貧乏生活、私の寝床に無造作に年頃の姉が入り込んでくる有様では、つい手が出てしまうのは仕方のない事ではないか〉――北尾氏が振り返る。
「文章は、姉は寝たふりをして弟に身を任せる――と続くんです。すごい内容ですが、『とんでもない、性が倒錯している』と切り捨てられない。倫理を狂わしたのが戦争ですから。ほんの半世紀前の生々しい記録です。読者にとっては同誌はこれまで他人に話せなかったことを話すのが許される、いわば解放区なんです」
バックナンバーを捲ると、戦禍の陰で咲いて散った一女性への追憶、26年間ひた隠した未亡人のころの奇妙体験……戦争を感じさせる題名は枚挙に暇がない。これはただのエロ雑誌ではないな、そう感じた北尾氏は、版元のサン出版を訪ねたという。ぎっしりと投書が詰まる段ボールが並んだ編集部には、周囲の喧騒とは対照的にインテリ然とした初代編集長・新田啓造氏がいた。同氏はこう静かに語ったという。
「表面的なエロではなく熟年世代が読むに耐えうる雑誌を作りたかった。性を語ることは人生を語ることだから、それが一番リアルで面白いだろうと」
北尾氏は新田氏からはエロを語り継ぐ、という使命感を感じた。残念ながら新田氏は昨年亡くなってしまったが、過去の雑誌インタビュー(『宝石』1988年5月号)からその真意を窺える。
「原稿の内容のほとんどが性に関することだけです。しかし、性はすべてその人の人生の上に成り立っているものですから、人生そのものだと思うわけです」
若かりし日の性体験が綴られているといっても、輝かしい回想記だけではない。罪悪感を伴った告白調のものもある。
「こういうのを読んでいますと、ときどき遺言を読まされているような気分になるんですよ。(中略)そこで、この人どうなったのかなあ、と思って調べてみると、亡くなってしまっているケースなんかもあるんですよ。ということは、投稿がその人にとっては遺言書みたいな役目を果たしているわけです」(同)
熟年世代の性欲が強すぎるのではないか、と指摘されると新田氏はこう答えた。
「いや、異常じゃないです。むしろ正常と言ったほうが正しいかもしれません。世界一の長寿国となった日本人は、性欲もそれに伴って伸びているんです」(同)
※週刊ポスト2012年6月8日号