5月22日に息を引き取ったみのもんた(67才)の最愛の妻・御法川靖子さん(享年66)。末期がんだったが、その表情は穏やかで、眠るようだったという。
靖子さんは、10年ほど前から腰の痛みを訴えるようになった。マッサージや指圧に通ったものの改善せず、歩くのにもつらい状態になり、専門医を受診したのは、昨年7月のこと。5月24日の記者会見で、みのはそのときのことをこう振り返っている。
「皮膚がんの状態だったらしいです。残念ながら、皮膚でとどまらずに、骨に転移をいたしまして、その転移が始まってもう10年近くなるんじゃないかというお話でした」
すぐに都内の病院に入院したが、すでに末期の状態だった。告知を受けたときのことは、みのはショックのあまり、よく覚えていないという。
手術を受け、抗がん剤と放射線による治療が始まった。わずかしか残されていない命。親しい友人らに会いたかったに違いないが、靖子さんは、みのにこう告げた。
「誰にもいわないでほしい。誰にも迷惑をかけたくない。あなたと子供たちで支えてほしい」
自分ががんであることが公になったならば、夫の周辺の人たちに心配をかけ仕事に支障が出てしまう、それはどうしても避けたいという思いだったのだろう。靖子さんとすれば、このときからすでに人生の終い支度を見すえていたのかもしれない。
みのは、そんな靖子さんの思いを尊重して、病を伏せ続けた。そして、朝の番組が終わると、真っ先に病院に向かうのが日課となった。病院関係者がいう。
「みのさんは、毎日いらしてましたね。最初のうちはハイヤーで来て正面玄関で降りていましたが、すぐに他の患者さんの間で“あれ、みのさんじゃない?”と噂されるようになったので、マスクをかけ、裏口や横の入り口から、はいってこられるようになりました」
毎朝5時半に番組がスタートするが、それにあわせて起床し、番組のデスクの女性と電話で連絡を取り合い、ネクタイの結び方やチーフなど、衣装のチェックをしていた。
みのが、「そんなことどうでもいい。そんな朝早くに起きる必要はないし、寝ていてほしい」といっても、靖子さんは「私には責任があるから」と頑として首を縦に振らなかったという。
昨年9月に、「契約更新がないから、来年3月で引退」と、みのが突然の“引退”を宣言したことがあった。結果的に引退はしていないが、いまにして思えば、靖子さんの看病のために引退をという思いが、みのの心のどこかにあったのかもしれない。
※女性セブン2012年6月14日号