作家・内館牧子さん(63才)の最新著書『十二単衣を着た悪魔』(幻冬舎)は、現代から『源氏物語』の世界にタイムスリップした青年を語り手に、『源氏物語』が原作に沿って進行していく小説だ。
『源氏物語』は深い人間文学であり、多種多様な解釈がされてきた。内館さんは、いまも多くの女性が好意を寄せる桐壺更衣(きりつぼのこうい)を「世渡り上手」と解いた。
「なんとかして成り上がりたいという一族の悲願を納得づくで背負って宮中にはいったのに、その夢が叶うと“ああ、みんなが私をいじめるの、嫉妬するの。つらいわ。苦しいわ”って、弱者ぶる。現代にもよくいる自己陶酔型だと私は思う」(内館さん・以下「 」内同)
同様に藤壺(ふじつぼ)は、「したたかな女」である。光源氏(ひかるげんじ)の父の妻でありながら、光源氏の子供を産んでしまう。その事実を隠して、帝の子供として帝王教育に励むのだ。
「したたかな女が、したたかさを見せないように砂糖でくるんでいる。これもよくいるでしょ。でも男って、桐壺更衣や藤壺タイプにだまされるんですよ(笑い)」
それにひきかえ、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)は底意地悪く、とげとげしく描かれているが、内館さんはそれは一面的な見方であって、非常に緻密な政治家だとする。自分の意見を持ち、冷静な状況判断をし、障壁にもひるまず、まっすぐに進む。いってみれば21世紀型のキャリアウーマンだ。ただ、男好みに生きる計算ができないために損をしているといえる。
内館さんは、いつかは「弘徽殿女御コードで、『源氏物語』を読み解きたい」と考えていた。同時に、『源氏物語』は難しいという人たちに、うんとわかりやすく書きたいと思うようになった。そして、具体的に構想を練り出してから約5年をかけて本書を書き下ろした。
この間には、内館さん自身にもさまざまなことがあった。2008年末に心臓の急病で倒れて、4か月もの入院生活を経験し、2010年には10年間にわたって務めた相撲協会の横綱審議委員を満期で退任した。
ことに、当時の横綱朝青龍の態度に我慢できず、正面から叱り続けた。叱られるとますます態度を悪くする朝青龍とはお互いに“天敵”といわれ、バトルを繰り広げてきた。
横綱への苦情を口にするたびに、マスコミからは興味本位で書きたてられた。それでもいうべきことはいうという姿勢を貫いていた内館さんが退院直後の体で、横綱審議会の稽古総見に出席したのは、2009年4月のこと。実際には、車椅子でないと動けないのではないかと危ぶまれるような状態だったが、ここで弱味を見せたくない、と思うところが内館さんの弘徽殿女御好きたるゆえん。国技館にはいるなり、シャラッと歩いてみせたという。
緊張の面持ちで次々と登場する力士たちは、ずらりと並ぶ審議委員の前で一礼する。
「そのとき、あの朝青龍は私に向かって、いたずらっぽい目をしてOKサインを出したんですよ。そればかりか、稽古が終わったとき、ダーッと駆け寄ってきて私をハグして、“治ってよかったですね”って。思わず、あ、こいつ、いいやつじゃんって(笑い)」
会場からは「内館さん、もう朝青龍のこといじめないでね」といった野次が飛んだが、内館さんは泰然と微笑んでいた。反目しあいながらも、お互いに力を認め合っていたふたりの、本物のバトルだったというべきかもしれない。
内館さんは、朝青龍に、光源氏と同じ「人たらし」の面を見ると笑う。悪い一面があっても人を惹きつける、どこか魅力的なヒーローの要素を持っているのだ。
「とかく女たらしとばかりいわれる光源氏や弘徽殿女御の魅力がわかるようになったのは、私が年を重ねたからでしょうね」
※女性セブン2012年6月14日号