「乾坤一擲(けんこんいってき)」「一期一会(いちごいちえ)」「党議に反すれば党として対応する」――野田佳彦・首相は小沢一郎・元民主党代表との会談直前の5月28日、内閣記者会の取材に答えてそう語ったと大きく報じられた。
そこだけ素直に読めば、「小沢との会談はこれが最初で最後。それでも反対するなら処分する」と、“小沢切り”を宣言した印象を受ける。
しかし、実際の会見のやり取りを見ると、これらの言葉は記者たちが誘導して引き出した「言質」といったほうが正確なようだ。記者はまずこう訊く。
「小沢氏を1回で説得できると考えていますか?」
それに対し、野田氏は「誠心誠意、腹を割って話し合い、理解いただくことを目指す」と答えている。すると記者が、「2度、3度会談することもあるのか?」と畳みかける。野田氏は、
「会う以上は乾坤一擲だ。一期一会のつもりでしっかり説明したい」
と述べた。その後、自民党との増税法案協議の話題がひとしきりあった後、記者からこんな質問が出る。
「民主党議員が造反した場合は除籍など厳しい態度に出るのか?」
それに対して首相は、「一般論としては、党議に反すれば党として対応するのが基本だ」と語った。
これを受けて各紙は判で押したように、
「小沢と会うのは1回だけ。自民党との修正協議には前向き。造反議員は除籍」と報じたのである。最初から作りたい原稿が決まっていたような“名取材”だ。ほかならぬ野田グループ「花斉会」所属議員が新聞報道に呆れ顔なのだ。
「そもそも今回の会談は野田総理から申し入れたもの。それで“1回限りだ”なんて失礼な話ですよね。野田さんはそんな意図はなく、むしろ小沢さんと連携する道を本気で模索しようと考えている。そうでなければもっと早く自民党と手を組んでいますよ。しかし、新聞は『平行線』『決裂』としか書かないから、そういう雰囲気が作られてしまう」
新聞だけではない。前原誠司・政調会長は5月29日の記者会見で、「妥協の余地は全くない。何度もやる話ではない。一発勝負でやって頂きたい」と発言。岡田克也・副総理も同日の会見で「乾坤一擲といわれた。1度でしっかり結果を出したいのが総理の思い」と、記者クラブと談合したかのように「野田ハシゴ外し」に加担している。
もっとも、この“次期総理候補”の方々は、まだ既得権派の末席にも着かせてもらっていない。新聞の尻馬に乗る発言は、「9月の代表選に向けて、野田さんと小沢さんが接近することを警戒しているだけ」(前出・野田グループ議員)と馬鹿にされている。
「前原や岡田は何が何でもこの会談を『幕引きセレモニー』にしたいようだが、総理のニュアンスは少し違っている。小沢さんが主張する『政権交代の原点回帰』に理解を示し、協力して政権を安定させて国民の支持を取り戻したいというサインが出ている。だから小沢さんも会談に応じた。
そもそも総理大臣が会談するのに官邸を使わず党本部でやるというのは、『代表と元代表は対等』という配慮。輿石さんが提案し、総理も小沢さんに気を使ってそう決めた」(小沢側近)
それが真相だとしても、会談で主張に隔たりがあったことは間違いない。大新聞や霞が関、大連立を目指す「幕引き派」にとっては、“さァ、小沢を切って増税政権を作ろう”と走り出す環境は整った。
※週刊ポスト2012年6月15日号