超大国・アメリカの国家元首を決める米大統領選挙が今年の秋に迫ってきた。これまでも数々の激しい選挙戦が繰り広げられてきたが、今回の選挙戦を落合信彦氏はどう見ているのか。落合氏がこれまでの選挙と比較して解説する。
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候補者の言葉によって、有権者の心は動かされる。最も優れた表現力を持っていたのが1980年の選挙で現職のジミー・カーターを破ったロナルド・レーガンであった。
「あなた方の生活は4年前と比べてよくなりましたか?(Are you better-off now than you were four years ago?)」
テレビ討論の最後に、視聴者に対してこう語りかけたのだ。短くて印象的で、かつ核心をついたフレーズを上手く使うレーガン。現職大統領のカーターを逆転しただけでなく、ランド・スライド(地滑り的)で勝利したのは、こういったレーガンの「言葉の力」が大きかった。
アメリカ大統領選挙では過去に、手に汗を握る名勝負や、驚くような大逆転が繰り返されてきた。選挙の結果は投開票までわからない。それは今年11月の選挙も同じである。
ただし、今年の選挙については一つだけ確かなことがある。それは、バラク・オバマと共和党のミット・ロムニーの間で行なわれる選挙戦が、「史上最低の凡戦」になるということである。一見、オバマvsロムニーオバマは演説がうまいように感じられるかもしれない。しかし、トルーマンやケネディ、レーガンの言葉とは決定的に違っている。過去の偉大な大統領たちは皆、決断し、実行する大統領だった。オバマは違う。
オバマがこの4年間で断固たる決意の下に実行したことが、何かあっただろうか? ヘルス・ケアと言う者がいるだろうが、あのお陰で中流層の保険料は25%も上がってしまった(現在あの法律に関してはアメリカ最高裁判所の判事たちが、違憲かどうかを議論している)。一方で、共和党候補のミット・ロムニーには、先人たちが必死に掴み取った“upset(大逆転)”を起こせるような執念が見られない。ドライな商売人では、有権者の心は動かせない。
この2人の選挙戦は、退屈で凡庸なものとなるだろう。
トルーマンの時代と比べて、選挙に使われる金額は桁違いに大きくなった。しかし、そうしたカネはTVのCM、とりわけネガティブ・キャンペーンに注ぎ込まれる。ケネディの時代に華々しく登場したTVというツールは、もはや輝きを失った。インターネットで政治家の言葉が安売りされる時代には、レーガンのような有権者の心を揺さぶる言葉も生まれることはない。
それでもまだ、世界で最も力のある権力者が「アメリカ合衆国大統領」であることに変わりはない。退屈だが、熾烈な権力闘争が今回も繰り広げられるだろう。
ただし、私のところに入ってきている情報では、アメリカの富裕層がオバマ再選を見越して“エスケープ”の準備を始めている。彼らは「2期目に入ったオバマは富裕層への課税、締め付けを厳しくする」という予想を持っている。
これまでのオバマの左翼がかった言動を見ていれば当然の予測だ。彼らは、アメリカ国外への転出を考えている。第2次世界大戦以降、超大国の地位を恣(ほしいまま)にしてきたアメリカに、深刻な異変が起ころうとしている。アメリカ大統領選挙が「真の勝者なき権力闘争」へと変わる日はそう遠くないのかもしれない。
※SAPIO2012年6月6日号