国際情報

大前研一氏 北方4島は米国がソ連に“戦利品”として与えた

 プーチン氏が大統領に返り咲いたロシアと日本の間には、遅々として進まない北方領土問題が横たわる。大前研一氏はこの北方領土について、日本人の間に「2つの誤解」が存在するという。以下、大前氏の解説である。

 * * *
 1つは、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄し、宣戦布告なしに北方領土に侵攻して占領した、というものだ。

 たしかにソ連は1945年8月8日に日ソ中立条約の破棄を宣言したが、同条約に破棄や失効に関する規定はなかった。宣戦布告は「日本がポツダム宣言を拒否したため連合国の参戦要請を受けた」として条約破棄と同時に在モスクワの日本大使館に行なったと主張している。

 そしてソ連軍は8月9日午前零時に戦闘を開始、11日には日露戦争で日本が奪った南サハリン(南樺太)に攻め込んだ。しかし、千島列島(クリル諸島)の択捉島と国後島、色丹島、歯舞群島を占領したのは、日本が無条件降伏して大本営が正当防衛以外の即時停戦命令を出した15日以降のことである。

 しかも、ソ連がドイツ降伏後3か月以内に日ソ中立条約を破棄して対日参戦する見返りに、サハリン南部をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すことは、1945年2月に行なわれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、ソ連のヨシフ・スターリン書記長によるヤルタ会談の協定(ヤルタ秘密協定)で決まっていた。

 それに従ってソ連は、ドイツが無条件降伏した5月8日の約3か月後、日本に宣戦布告したのである。

 また、終戦直後にスターリンは、ルーズベルトの後を継いだハリー・S・トルーマン大統領に、北海道を南北に分割して北半分をよこせと要求している。しかし、日本をドイツのようにしたくないと思っていたトルーマンはこれを拒否した。

 つまり、北方4島はソ連が侵略したのではなく、アメリカが“戦利品”としてソ連に与えたわけで、日本は4島を失った引き換えに北海道の南北分割を避けられたとも言える。これは当時のアメリカの公文書に残っている明確な事実だ。

 もう1つの誤解、というか日本国民があまり知らない事実は、日本政府が「4島一括返還」を要求することになったいきさつである。実は4島一括返還は日本政府が自ら言い出したのではなく、1956年8月、アメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官が日本の重光葵外相とロンドンで会談した際に求めたものだ。

 当時、日本政府は北方領土問題について歯舞、色丹の2島返還による妥結を模索していたが、アメリカとしては米ソ冷戦が深まる中で日本とソ連が接近すること、とくに平和条約を結んで国交を回復することは防がねばならなかった。そこでダレスはソ連が絶対に呑めない国後、択捉も含めた4島一括返還を要求するよう重光に迫り、2島返還で妥結するなら沖縄の返還はない、と指摘して日本政府に圧力をかけたのである。

 それ以降、日本の外務省は北方4島は日本固有の領土、4島一括返還以外はあり得ない、という頑迷固陋な態度を取るようになった。つまり、4島一括返還はアメリカの差し金であり、沖縄返還とのバーターだったのである。

※SAPIO2012年6月27日号

関連記事

トピックス

国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン
国民に「リトル・マリウス」と呼ばれ親しまれてきたマリウス・ボルグ・ホイビー氏(NTB/共同通信イメージズ)
ノルウェー王室の人気者「リトル・マリウス」がレイプ4件を含む32件の罪で衝撃の起訴「壁に刺さったナイフ」「複数の女性の性的画像」
NEWSポストセブン
愛子さまが佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”とは(時事通信フォト)
《淡いピンクがイメージカラー》「オシャレになった」「洗練されていく」と評判の愛子さま、佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”
NEWSポストセブン
年下の新恋人ができたという女優の遠野なぎこ
《部屋のカーテンはそのまま》女優・遠野なぎこさん急死から2カ月、生前愛用していた携帯電話に連絡すると…「ポストに届き続ける郵便物」自宅マンションの現在
NEWSポストセブン
背中にびっしりとタトゥーが施された犬が中国で物議に(FB,REDより)
《犬の背中にびっしりと龍のタトゥー》中国で“タトゥー犬”が大炎上、飼い主は「麻酔なしで彫った」「こいつは痛みを感じないんだよ」と豪語
NEWSポストセブン
(インスタグラムより)
《“1日で100人と寝る”チャレンジで物議》イギリス人インフルエンサー女性(24)の両親が現地メディアで涙の激白「育て方を間違ったんじゃないか」
NEWSポストセブン
藤澤五月さん(時事通信フォト)
《五輪出場消滅したロコ・ソラーレの今後》藤澤五月は「次のことをゆっくり考える」ライフステージが変化…メンバーに突きつけられた4年後への高いハードル
NEWSポストセブン
石橋貴明、現在の様子
《白髪姿の石橋貴明》「元気で、笑っていてくれさえすれば…」沈黙する元妻・鈴木保奈美がSNSに記していた“家族への本心”と“背負う繋がり”
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
「タダで行為できます」騒動の金髪美女インフルエンサー(26)が“イギリス9都市をめぐる過激バスツアー”開催「どの都市が私を一番満たしてくれる?」
NEWSポストセブン
ドバイのアパートにて違法薬物所持の疑いで逮捕されたイギリス出身のミア・オブライエン容疑者(23)(寄付サイト『GoFundMe』より)
「性器に電気を流された」「監房に7人、レイプは日常茶飯事」ドバイ“地獄の刑務所”に収監されたイギリス人女性容疑者(23)の過酷な環境《アラビア語の裁判で終身刑》
NEWSポストセブン
Aさんの乳首や指を切断したなどとして逮捕、起訴された
「痛がるのを見るのが好き」恋人の指を切断した被告女性(23)の猟奇的素顔…検察が明かしたスマホ禁止、通帳没収の“心理的支配”
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
【七代目山口組へのカウントダウン】司忍組長、竹内照明若頭が夏休み返上…頻発する「臨時人事異動」 関係者が気を揉む「弘道会独占体制」への懸念
NEWSポストセブン