東シナ海に臨む中国の港から、一隻の抗議船が出港した。海上保安庁関係者が神妙な顔で語る。
「尖閣諸島に向かっています。領土問題を訴える過激分子です。でも一隻でよかった。台風が来なかったらどうなっていたか……いまの日本には、神風が吹いたようなものです」
6月中旬に太平洋西部で発生した台風4号。東シナ海は大時化の模様で、上海で予定されていた「ある計画」が見合わせになった。
それが中国漁船による尖閣突入作戦――。
「上海沖の舟山諸島にある港に漁船が結集している」
海上保安庁関係者のもとにこんな一報が寄せられたのは12日のこと。舟山とは上海の南に位置した揚子江河口の港湾都市で、中国最大規模の軍港がある。そこに多くの漁船が結集し現場が騒然としているという。
「中国の過激分子は、台湾や香港の活動家にも呼びかけを行なっている」(同前)
彼らが激憤した背景には、東京都による尖閣諸島購入を打ち出した石原慎太郎知事の発言がある。11日に開かれた衆院決算行政監視委員会。
「自分たちの大事な家に(中国から)『強盗に入るぞ』と宣告されておきながら、戸締まりもしない国は世界中どこにあるか」
中国の尖閣突入作戦が、この6月に計画されたことに関してはもう一つの事情もある。領土問題に詳しいフォトジャーナリスト・山本皓一氏は「実は尖閣突入の動きは去年の同時期にあったのです。中心となったのが世界の華僑らによって組織される『世界華人保釣連盟』です」と語る。
ちなみに、中国では尖閣諸島を釣魚島及其附属島嶼と表記する。「釣」は尖閣諸島を指し、これを死守するという組織である。
話は、中国漁船拿捕騒動の渦中にあった2010年9月に遡る。当時、国連会議に出席するためニューヨークを訪れていた温家宝首相の言動が物議を醸したのを覚えているだろうか。
「釣魚島は中国の神聖な領土」「日本が我々の意見を聞かないのであれば、我々は更なる行動に出る」
実は、この発言は在米華僑らとのレセプションの最中に行なわれたものだった。
「ここ数年の尖閣を巡る日中摩擦に苛立つ在米華僑の愛国心に、温家宝の発言が火を付けた。そして沖縄返還調印40周年にあたる昨年6月17日に800隻の漁船を集めて、尖閣での抗議活動を決行しようという流れになりました」(山本氏)
昨年の計画では漁船のほか大型客船に華僑1200人を乗せて出港する動きもあったという。再び山本氏。
「彼らの主張は『沖縄返還は日米の協定に過ぎない。そもそも沖縄は中国のものだから無効だ』というもの。だから沖縄返還調印の日にタイミングを合わせてきた」
しかし、昨年はその前に東日本大震災が発生。いま抗議活動を行なうと、世界から批判を浴びるとの理由で無期限延期になった。
「今回、東京都の尖閣購入運動に触発され、二年越しに計画を実行しようとしているのでしょう」(山本氏)
なぜ中国の領土問題に華僑団体が立ち上がるのか。中国事情に詳しいジャーナリストの富坂聰氏の話。
「華僑はもともと愛国心が強く、資金力が豊富で世界的なネットワークもあり大きな動きになりやすい」
今回の運動に関しても香港や台湾の華僑団体と結びつき、世界的な保釣連合が形成されている。事実、台湾から抗議船が出港するという情報もある。とはいえ、国により政治的背景が異なるため、各国によって思惑は異なるようだ。
「台湾の活動家は領土問題よりも漁場問題に関心を持つ。香港の活動家の一部は選挙目当てで、中国当局に内々に『出港したらすぐ捕まえてくれ』とお願いしている人間もいる」(富坂氏)
※週刊ポスト2012年6月29日号