もし電力が全面自由化されれば、家庭の電力購入の選択肢が増え、料金の引き下げにつながる可能性がある――大新聞はそう報じるが、それはただの夢物語に過ぎないと、大前研一氏は断言する。以下は、大前氏の解説だ。
* * *
経済産業省が、2014年以降をメドに電力会社の発電事業と送電事業を分離し、家庭向けの小売りも含めて電力を全面自由化する方針を示した。
これを「一般家庭の電力購入の選択肢が増え、電気料金の引き下げにつながる可能性がある」と報じた大新聞もあるが、経産省の発表を垂れ流す見識のなさには呆れるばかりだ。なぜなら、電力の全面自由化は実現するはずのない“夢物語”であり、電気料金の値上げに怒る消費者を宥めるためのまやかしにすぎないからである。
それは東京電力をめぐる政府の対応を見れば明らかだ。そもそも昨年8月に施行された「原子力損害賠償支援機構法」は非常に卑劣な法律である。その内容は、国が同機構を通じて資本注入や資金援助をすることで東電が破綻しないようにして銀行にも追加融資を行なわせるもので、表向きは福島第一原子力発電所事故の被害者への東京電力による損害賠償を支援するという名目で制定された。
しかし、実際は、電力業界や原子力ムラに巣食って甘い汁を吸ってきた政治家、役人、学者などの電力利権を温存した、東電を倒産させないための法律である。
当初の原賠支援機構法に関する議論では、当時官房長官だった枝野幸男経産相が、損害賠償は最後まで東電に負担させる、と断言していた。ところが、政府は7月に東電に1兆円出資して株主総会の議決権の50%超を握り、東電を「実質国有化」することになった。
さらに種類株式(株式の権利の内容が異なる複数の種類の株式)を発行し、いざとなったら定款変更などの重要な意思決定が可能な3分の2を上回る75%まで議決権を持てるようにした。つまり損害賠償は、実質的に東電の株を持っている国=国民が負担することになったのである。
そして、実質国有化した東電が赤字になれば国は責任を問われる。責任を問われるようなことを役人がするわけがない。つまり、経産省が東電の経営を悪化させる電気料金の値下げや電力の全面自由化に踏み切るとは考えられないのである。
もとより役人が(明らかに民主党が去った後の)2014年という数字を出すということは、やる気がないということだ。東電に1兆円も出資する重大な意思決定が簡単にできるなら、電力の全面自由化も、やる気があればすぐにできるはずだ。
※週刊ポスト2012年6月29日号