いつもの顔がまたひとつ、小西酒店の紺ののれんを分けた。すると、すでに店の中で飲んでいる男たちの顔に、やわらかな風のような微笑が広がっていく。たとえそれが初めての顔であっても、よくここに来たねとばかり、同じ反応が起こるだろう。
「この店のよさはね、布施の町のリビング・ダイニングいうんかな。家族団らんの間みたいな雰囲気なんです。東大阪で働く心ある人間なら、そのへんのことみんなよう知ってます」と、50代サラリーマンの弁。
そんな小西酒店の歴史は、大正12年から始まる。
「創業者は私の母親。父親が警察官しとりまして、当時の公務員は薄給ですからねえ。内助の功というんか、家計を支えるための内職として始めた酒屋だったようです」
カウンター越しにそう話すのは、その母親の跡を23歳で継ぎ、78歳になった現在も元気に店に顔を出している小西健一郎さん。
「若い頃から手伝っていたんですけど、店の前掛けをしめるのが恥ずかしくてね。慣れるまでに2年かかりましたわ。落ち着かんかったせいか、お客さんと店の外で取っ組み合いのけんかをしたこともありましたなあ。昔は隣りのお客さんにからむような飲み方をするもんもおったけど、今はみんな仲がいいね」(健一郎さん)