ライフ

仕事が長続きしない男の「破滅するふりの美学」を描いた物語

【書評】『金貸しから物書きまで』(広小路尚祈/中央公論新社/1680円)

【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 * * *
 著者は、清掃作業員、建築板金作業員、消費者金融業など十種あまりの職を経験してきたそうだ。「フールリアリズム」と銘打たれた本作の語り手も、「バックレ癖」で仕事が長続きせず、整備工事や不動産業、消費者金融と渡り歩いてきた。

 しかし根っからのロックンローラーらしき彼は、菩薩のように優しい妻と可愛い息子のため、家族愛に生きると決意(するが、時々キャバクラには行く)。幸せになるにはとにかく金だと歯を食いしばり、渋い日本文学を読むのだけを息抜きに、借金取りに励んでいる。

 ある日、再び仕事から逃避した彼は、浜松のホテルでついに自殺を決意。でも死ぬ前においしいお茶が飲みたい。でもスーパーで買うのは嫌、「年配の夫婦が……細々と量り売りをしているような店で買いたい」とごねる。バーに入り高めの「スカッチ」を飲んではさらにごねる。と、こんなあたりは、死出の旅に出たはずが全然死なない町田康の『どつぼ超然』のフールぶりなど彷彿とさせる。

 借金を重ねるギャンブル狂に対して、どうせ自己破産という「安全弁」にすがり野垂れ死にまでは行かないんだから、「破滅の美学」ならぬ「破滅するふりをする美学」だと、語り手は嗤う。これはそのまんま彼の人生にも当てはまることで、妻の実家にはそこそこ経済力があり妻自身にも甲斐性があり、一家で路頭に迷うことはなさそうという、安全弁付き墜落コースなのだ。

 しかしこんな男にも、あなたはそのままで良いんだと絶えず囁く妻は天使なんだか悪魔なんだかわからなくて一番の曲者! こういう女もある種、ファム・ファタールというのだろう。

 妻の言葉にのせられ、男はとうとう行きつくところに行きつく(物書きを目指す)が、これが彼の半生をなぞった私小説になるかと思いきや、正反対。言い換えれば、口とは裏腹の「うだうだ」男になっていく語り手であった。この作中作は面白いので、挿入量を増やしてもよかったかもしれない。ともあれ、尻尾を出しそうで出さない作者である。もちろん褒め言葉です。

※週刊ポスト2012年7月6日号

関連キーワード

トピックス

「複数の刺し傷があった」被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバムと、手柄さんが見つかった自宅マンション
「ダンスをやっていて活発な人気者」「男の子にも好かれていたんじゃないかな」手柄玲奈さん(15)刺殺で同級生が涙の証言【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場(時事通信フォト)
「日本人は並ぶことに生きがいを感じている…」大阪・関西万博が開幕するも米国の掲示板サイトで辛辣コメント…訪日観光客に聞いた“万博に行かない理由”
NEWSポストセブン
ファンから心配の声が相次ぐジャスティン・ビーバー(dpa/時事通信フォト)
《ハイ状態では…?》ジャスティン・ビーバー(31)が投稿した家を燃やすアニメ動画で騒然、激変ビジュアルや相次ぐ“奇行”に心配する声続出
NEWSポストセブン
NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で初の朝ドラ出演を果たしたソニン(時事通信フォト)
《朝ドラ初出演のソニン(42)》「毎日涙と鼻血が…」裸エプロンCDジャケットと陵辱される女子高生役を経て再ブレイクを果たした“並々ならぬプロ意識”と“ハチキン根性”
NEWSポストセブン
4月14日夜、さいたま市桜区のマンションで女子高校生の手柄玲奈さん(15)が刺殺された
「血だらけで逃げようとしたのか…」手柄玲奈さん(15)刺殺現場に残っていた“1キロ以上続く血痕”と住民が聞いた「この辺りで聞いたことのない声」【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
山口組も大谷のプレーに関心を寄せているようだ(司組長の写真は時事通信)
〈山口組が大谷翔平を「日本人の誇り」と称賛〉機関紙で見せた司忍組長の「銀色着物姿」 83歳のお祝いに届いた大量の胡蝶蘭
NEWSポストセブン
20年ぶりの万博で”桜”のリンクコーデを披露された天皇皇后両陛下(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
皇后雅子さまが大阪・関西万博の開幕日にご登場 20年ぶりの万博で見せられた晴れやかな笑顔と”桜”のリンクコーデ
NEWSポストセブン
朝ドラ『あんぱん』に出演中の竹野内豊
【朝ドラ『あんぱん』でも好演】時代に合わせてアップデートする竹野内豊、癒しと信頼を感じさせ、好感度も信頼度もバツグン
女性セブン
中居正広氏の兄が複雑な胸の内を明かした
《実兄が夜空の下で独白》騒動後に中居正広氏が送った“2言だけのメール文面”と、性暴力が認定された弟への“揺るぎない信頼”「趣味が合うんだよね、ヤンキーに憧れた世代だから」
NEWSポストセブン
高校時代の広末涼子。歌手デビューした年に紅白出場(1997年撮影)
《事故直前にヒロスエでーす》広末涼子さんに見られた“奇行”にフィフィが感じる「当時の“芸能界”という異常な環境」「世間から要請されたプレッシャー」
NEWSポストセブン
天皇皇后両陛下は秋篠宮ご夫妻とともに会場内を視察された(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
《藤原紀香が出迎え》皇后雅子さま、大阪・関西万博をご視察 “アクティブ”イメージのブルーグレーのパンツススーツ姿 
NEWSポストセブン
2024年末に第一子妊娠を発表した真美子さんと大谷
《大谷翔平の遠征中に…》目撃された真美子さん「ゆったり服」「愛犬とポルシェでお出かけ」近況 有力視される産院の「超豪華サービス」
NEWSポストセブン